子供のままじゃ気付いてくれない | ナノ

 茹だる様な暑さ。暑さの度合いを示す言葉でこれ以上のものは無いのだろうか。連れて行って欲しいと言ったのは自分なので、何の後悔もしていないが、流石にこれほどまで暑いとは思わなかった。
「死んだ魚みたいな顔になってんぞ。」
「‥それって女の子に対してどうかと思う。」
 外に出たのも久し振りだがこうやって晴矢と口を利くのはとても久し振りで、何だかどちらにも新鮮味が有って面白い。来た事の無い場所に小さな子供の様な好奇心が湧き上がって来て晴矢の傍から走り出した。
「おい、あんま離れんなよ!」
 背中越しに晴矢の声を受け止めて灯台の奥に回り込む。打ち寄せる波の音が派手になったり小さくなったりするのを目を閉じて聴いていると、不思議な感じがした。テレビで騒いでいくら有名に成ろうが、私自分がちっぽけな存在である事に変わりは無いのだ。そう思うとごちゃごちゃと考えている自分が悪足掻きをしている様に思える。
 そんなことを考えていると急にぐっと後ろに引かれて草むらに尻餅をついた。驚いて目を開けると息の荒い晴矢が私の腕を引いて、一緒に座り込んでいた。
「なに、どうしたの?」
「バカ!もう少しで落ちる所だったんだぞ!?」
「え?あ、ごめんなさい。」
「ったく‥。」
 晴矢の罵声を至近距離で聞かされて少し鼓膜が痛くなった。何を仕出かすか分からないからこんな所に置いておけないと言って、ぐいぐいと腕を引かれて人通りの多い道に連れ出された。独特の方言やサトウキビの甘い匂いが薄く漂っていて、小腹が減ってきた。
「晴矢晴矢、」
「何だよ。」
「ソフトクリーム食べたい。」
「はあ?」
「食べたい食べたい!お腹空いた!」
 思い切り拒絶の色を示した晴矢にぐいぐいと店の方に引っ張って必死で食い下がる。かなりの間抵抗し合っていたが、結局晴矢の方が根負けをして渋々店に向かった。
「やった!ありがとう晴矢!」
「お前、太るぞ。」
「たまにだけだから太りませーん。」
 あまり不慣れな物は後で食べれなくなると嫌なのでオーソドックスにバニラを選ぶと「つまんねえ奴」と言われた。だったら晴矢は何に挑戦するんだと、巧くとぐろを巻いたソフトクリームを持ってきた店員の手を見るとチョコレートだった。
「晴矢だって人の事言えないじゃん!」
「あ?俺チョコレートなんて初めて食べるけど。」
「嘘!」
 他愛も無い話に笑いを隠さずににこにことしながら、二人で並んでベンチに腰掛けて食べだす。晴矢は直ぐに食べ終えてしまって、溶けない様に必死で食べている私をからかって来たが直ぐにボールを蹴りに少し離れた場所へ行ってしまった(いつも以上に楽しそうに見えたし、ここからでも充分見える位置なので文句は言わない)。
 そのまま無心で食べながら見ていると、数人の女性に囲まれだした。あまり声は聞こえないが女性たちの方は晴矢を気に入ったらしく、一生懸命話しかけている(当の本人はうざったそうだが)。それを見て不安に思わなかったと言えば嘘になる。
 早くしないと取り残されてしまうのは目に見えているのに。
ベガの涙