子供のままじゃ気付いてくれない | ナノ

 私がお日さま園に来たのは、空気がほんのりと温かみを帯びだして肌寒い冬が終わろうとしている準備をしていた頃だった。
 生まれ堕とされてから約四年と半年してお日さま園に来た理由は、親なんてものがいなかったからである。私を創り出した男女は、もともとそういった関係ではなかったらしい。愛し合ってはいたが駆け落ちというものをして二人の愛が常温から段々と下がろうとしだした頃に私が出来てしまったのだという。婚姻届も出していないし、勿論結納を済ませた訳でもなかったが二人は私を育ててくれた。その時はもう愛し合ってなどいなかったけれど私を捨て置くのが辛かったらしい。恋人以上だが、友達未満でもないという微妙な関係のまま私を愛し育んでくれた。そのまま上手く寄りを取り戻していたらきっと“幸せ”というものに近づけたのだろうが、二人はその直前にタイミングを合わせたかの様に事故に遭った。

* * *

「幸せって何だと思う」
 お日さま園に来た時に初めて投げられた言葉は、とても難しいものだった。何を理由にこの赤い髪の少年はそれを聞いてきたのだろう。その少年の病的なまでの色白な肌と明るい赤毛を頭に入れてから、「よく分からない」と答えた。
 私に差別することなく話してきた人は初めてだった。ここでは年齢は関係ないのかと最初は戸惑ったが、後で彼に聞けばただ私が同年代の様に見えただけらしい。それでも、彼は私に対して一度も寂しさの塊の様な他の子たちの様に、年下だからと馬鹿にしてくることはしなかった。

* * *

 ここに来るまで私は他人と会話をした事がなかった。自分から接していくなんてやり方は知らないし、話しかけられたことに従順に短く返すだけだった。その性格が気に食わない子は多かった。部屋の隅に居ても無理矢理引っ張られて外に放り出されたり、嫌なことをしてきたりというのは最早当たり前だった。
 嫌なことを続けられれば逃げたくなるのは当然で、ある日私は部屋の隅から綺麗な花壇を飛び越えて硬いアスファルトを蹴ってお日さま園を飛び出した。後ろではいじめっ子達が青褪めた顔でうろたえていて、その顔が何故か可笑しかったので小さく笑ってやってから人の多い方へ走って行った。
 すぐに日が落ちて辺りが暗くなるのと一緒に、春に成りきっていない周りも少し冷えたがずっと走り続けていたので寒くは無かった。ついこの間までは両隣に大きな手のひらがあって、それが温かかったということだけ頭の隅で思い出しながらここからどうやって戻ろうか考えていると規則正しく硬いアスファルトを蹴る音が回りに響いて近付いてきた。
「‥帰るぞ。」
 ヒロトと同じ赤い髪だがどうしてかこちらの方が優しい赤に見える。彼を見上げると、無言で手を差し出してきた。躊躇うことなくその手を握ると空いていたもう片方の手で優しく頭を撫でてくれた。
「心配しただろ。」
「うそ。」
「ほんとに決まってんだろ。なまえが勝手に飛び出すから。」
「ねえ、何で私の名前知ってるの。」
「はあ?」
「わけ分かんねえ。」しかめっ面でそう言ってから、ぐしゃぐしゃと強く頭を撫でられた。彼が言うにはお日さま園にいる子は皆“兄妹”なのらしい。兄弟の名前を知っているのは当たり前の事だと。「ねえ、」握っていた手を少し強く握った。
「それじゃあ、何て呼べばいいの?」
「晴矢兄でも兄ちゃんでも何でも。」
「じゃあ、晴矢って呼ぶね。」
 笑って返すと、少し強く握った手を握り返してくれた。乱暴だが思いやりのあるこの手が私は好きになった気がする。
 お日さま園に戻ると皆が騒いでいて色々と質問攻めにあったりしたけど晴矢の手は離さなかった。
ピーターパン