子供のままじゃ気付いてくれない | ナノ

「ひとに告っといて逃げんじゃねえ。」
 つかまれた腕に力が入った。私、晴矢に怯えてる?顔を見られたくなくて俯くと晴矢はいつもの声で喋りはじめた。
「お前のことは正直言って手のかかる妹みたいな存在だったんだ。‥‥覚えてるか?お前がお日さま園を飛び出した日、俺が迎えに行ったの。あの時から俺の中で、お前は家族っていう位置にいたんだ。」
 ずきずきと心臓が痛む。分かっていたことだけど晴矢の口からはっきりと言われると何か辛いものがある。俯いたまま晴矢の言葉に耳を傾けた。
「だからお前が告ってきたときは本気で冗談だろって、酷いけど罰ゲームかなんかかよって思ったんだ。家族なのにって。」
「家族から恋愛感情で言葉を言われたら誰だって冗談だと思うよ。」
 俯きながら口をはさむと黙って聞いてろと手のひらを私の口に押し当てようとしてきたので、大人しく口を閉じる。
「そういう感じで今までお前のことは家族としてしか意識してなかったから、お前の喜ぶ返事を出すのは難しいことな筈なんだ。でもお前が隣にいなくなってから、俺、バカみたいにお前のことだけ考えてんだよ。」
 サッカーが頭の中から失せるくらいだぜ、笑えるだろ?と晴矢は自虐的に笑った。
「意識してなかった筈なのに、お前に告られてから風介に引き戻された時、こいつにあれを聞かれてたんだって思うとすっげー恥ずかしくなったし、お前と居たらどきどきしてる事に気付いた。お前と別れてから隣にお前が居ないことがすげえ怖くなった。」
 晴矢、私のこと好きみたい。私のことが好きだと自惚れて良いかな、なんて頭の隅で考えている私はいつか足元をすくわれるお調子者だ。すぐにこんな甘ったるい考えはやめないと現実を知った時に私はどうなるんだろうと不安になっているのに、気持ちとは裏腹に頬は火照りだす。
「今更だけど、なまえのことが好きだ。」

 夢だと思って頬をつねると手加減しなかったため、ものすごく痛かった。何してんだよと笑う晴矢を見上げると優しい顔がそこにはあった。
 あのね、私、サッカーだってあんまり上手くないけど、晴矢に探してもらわなきゃ家にも帰れないけど、わがままばっかりで晴矢を困らせるけど、それでもね、私
「はるや、が、好き‥‥。」
 ぼろぼろと涙があふれ出した。とめどなく頬を滑っていくそれを見て晴矢は一瞬驚いたけど、すぐに私の好きな、やさしい赤の似合うあの笑顔で笑って拭ってくれた。
「俺もなまえが好きだ。」
「わがままばっかりで困らせてごめんね、でも晴矢が好きなの。晴矢じゃないと好きになれないの。」
 きっとお日さま園を飛び出したあの日、晴矢と初めて出会って、初めて会話して初めて迎えに来てもらって初めて手をつないで初めて名前で呼び合って、晴矢が私のピーターパンになった、あの日。あの日からずっとやさしい赤色の君が好きなんだ。
「俺も気づくの遅くてごめんな。大好きだ。ずっと隣にいて欲しい。」
 涙と嗚咽で声が出なくなった。晴矢に抱き着いてうんうんと首を上下に振ると、晴矢はありがとうと言って大切なものを閉じ込めるように抱きしめてくれた。



 大人にならなきゃ相手にしてもらえないと思っていたのに、私の隣には初めてのあの日のように晴矢がいる。ちょっとだけ背伸びをしなくても私に合わせてもらわなくても、晴矢は私を選んでくれた。
 飽きずにまた「好き」というと晴矢はつないでいた手の握り方を変えて、いつか子供が終わって大人になっても誰にもほどけないように指を絡めた。

「俺も好き。」
never land