子供のままじゃ気付いてくれない | ナノ

 晴矢に告白した。好きだと、はっきり言ったけど返事はもらわなかった。正確にはもらえなかったのだけど。告白した後、晴矢は近くにいたらしい風介兄に呼び戻された。きっと風介兄は私のことを気遣ったのだろう。「カオスのことがあるから」なんてそれらしいことを言っていたから、風介兄の気遣いは晴矢に気付かれることはなかったと思うけど。気遣ってもらった身で悪いのは分かっているけど風介兄のタイミングは少し悪かった。あの時晴矢は口をうっすらとだけど開きかけていたから。
 告白の返事を聞くのは拒絶された時を考えてしまって怖い。でも待つ方が拒絶された時を想像する時間が多くあって、余計に怖いことを今私は身をもって体験した。
「なまえちゃん、少し休憩しましょうか。」
 両腕にパンが入っていたバスケットを抱えていると優しい笑顔で後ろから声をかけられた。はいと返事をしてバスケットを奥に片付ける。おばさんはテーブルに焼きあがったパンとサラダを並べていた。
 晴矢と別れた後、私はまた一人で灯台に行った。そうして数日間灯台で寝泊まりをし食料は街に出て買うという(お金は今まで使っていなかったので沢山残っていた)生活を送っていた。するとこのおばさんがやってきて私を拾ったのだ。
「あなたこの間からここにいる子じゃないの。食べ物には困ってないみたいだけど、そんなところで暮らしてちゃ女の子に産んでくれた親が可哀相だわ。うちにおいで。」
あんなことを言われたのは初めてで、とても驚いた。おばさんの有無を言わせぬ迫力に圧されて居候させてもらってしまった自分にも驚いた。偶然にもおばさんはパン屋を営んでいたので、居候させてもらう代わりに手伝いをさせてもらうようになった。それからは手伝いで晴矢のことを考える時間が減って、私にとって都合がよかった。もう晴矢のことは諦めようと思っていたから。

* * *

 朝、いつものように規則正しく起きると昼からでいいからとおばさんにお使いを頼まれた。居候させてもらってからは行動範囲が広がっていたので迷う心配もないと思い了承した。
 沖縄の気温にも慣れてきたけど、お昼時はやっぱり暑い。おばさんの好意に甘えずに午前中に行っておけばよかったと後悔しながらスーパーに入り野菜コーナーを目指す。途中で幼い子供達がサッカーボールを持って「雷門中が宇宙人をやっつけてくれたんだぞ!」と言いながら走り回っているのを見て、昔が懐かしくなった。
 つい先日カオスはおろか父さんは逮捕されて、宇宙人による侵略などと騒がれていた騒動は終結された。それをテレビのニュースで見たときやっと終わったんだと私は安堵してしまった。父さんが逮捕されて皆は辛い思いをしているのに、途中で逃げた私は喜んでいるのだ。なんて最低なんだろう。俯きながら会計を済ませてスーパーを出る。こんな顔をおばさんに見られたくなくて少し遠回りして歩いていると晴矢と一緒にソフトクリームを食べた広場に着いた。遠回りなんてしようと思うんじゃなかった。そう思っていると人と人の間に見慣れた赤が見えた、気がした。
 人に隠れながらよく見れば晴矢だった。なんでいるのかと考える前に怖くなった私は、急いでおばさんの家に帰った。

* * *

 翌朝、とても早くに目が覚めた私はもう一度眠ることも出来ずにいつものように窓のカーテンを開いた。するとそこには晴矢が立っていた。隠れようとした私に気が付いたのか、早朝だというのに大きな声で「話がある」と言った。部屋から出るとおばさんは起きてパンの仕込みをしていた。私に気が付くとどうしたのかと尋ねてきたので、知り合いが来たから少し話してくるとだけ言って外へ出た。
「‥久し振り。」
「‥‥おお。」
 ゆっくりとした歩調で晴矢があの広場へと足を進める。決して今までのように隣には並ばず、追うようにして着いていく。
「瞳子姉さんが俺たちのために施設を作ってくれたんだ。」
「へえ‥。」
「だからそこにお前も呼ぼうと思って来た。」
 けど、と晴矢が接続詞を唱えた。でもその後が出てこない。呼びに来たけど、なに?
「告白のことなら、返事しなくていいから。」
 続きを言おうと口を開きかけた晴矢に先手を打つようにして、言葉を割り込ませる。晴矢が困惑したような不思議そうな顔をした。
「私、父さんが捕まってこの事件が終わったことに喜んでるような奴だから、返事なんていらないよ。」
 数日したら荷物まとめてそっちに行くから、住所だけ教えてと続けて言うと、晴矢は私の腕を思い切りつかんだ。晴矢の瞳に映った私の顔は狼狽していた。
シリウスの消えた夜