私のいた時間よりも私のいない時間を愛してください | ナノ


じめじめ、じとじと。

 厚い雲で覆われた空からは、あまり光が入ってこない。その所為か、教室の蛍光灯の明かりが妙に目立って気になった。後ろの方で誰かが話しているのをぼんやりと聞き入れながら、睡魔の靄に包まれた頭の中をゆっくりと晴らしていく。

「‥あべ、」

 机に突っ伏したまま、斜め前の席で同じ様にして寝ている阿部の背中をつつく。何度か間の抜けた声で呼び続けると、くぐもった声と一緒に伸びをしながらだるそうに阿部の体が起き上がった。

「ねえ。傘、持ってる?」
「持ってねえ。」
「えー‥。どうしよ。」
「また降ってきてんのか?」

 阿部が不機嫌そうな調子で窓の外に目をやった。この間までの春の温かみを押しのけて、やって来た梅雨前線のおかげで空気は湿っているし、連日降る雨でいつまで経ってもグラウンドの土は乾かない。また屋内で筋トレだろうか。
 テンポよく落ちて来る雨の音が子守唄になり出した。また眠ったら枕代わりにしている腕が痺れるだろう。

「顔。」
「え?」
「ニヤケてんぞ。」
「うそ、恥かしっ。」

 さっと腕で口元を隠すと、痺れだしていたのか血管が皮膚の下でびりびりと疼いた。

「止まってねえし。」
「マジで?どうしよ、」
「‥つか、この天気に何でニヤけんだよ。」

ざあざあざあ。
 傘はない。帰りは濡れるの間違い無しだ。
ざあざあざあ。
 花壇の向日葵はどうなっているだろう。倒れていないだろうか、これから夏を彩るのに。梅雨が過ぎたら夏が来る。早く見たい、行きたい、こういうのを「渇望している」というのだろうか。

「梅雨が終わったら格好いい阿部が見られるからだよ。」


夏の足音。