私のいた時間よりも私のいない時間を愛してください | ナノ





「どうして」と彼の唇は紡いだ。「どうして」も「こうして」も無いんだよ慶次。笑ってそう言ってやれば呆然としていた顔に悲しげな色が付いた。


 慶次は私が知らないひとがすき。分かってるよそんなの、昔からずっと慶次のことだけは分かるの。だからその人と慶次の間に私が入り込める隙間なんて微塵もないの。
 でもね、ちいさいころは慶次の中には私でいっぱいだったはずなの。慶次が秀吉と出会う前に私たちは仲良く二人で草原を駆け回っていたんだから。いつもいつも門限よりも遅くまで遊ぶものだから二人で仲良く怒られもした。そのころの私の世界には慶次しかいなくて、慶次にも私しかいなくて。二人じゃないとだめだったのはいつまでだっただろうか。きっと、私の家が夜逃げっていうやつをした日からだよね。その日から私は自分で自分を守るために色々なことを男の子みたいにしたんだよ。口調も荒くさせて、喧嘩じゃ絶対負けないくらい格好良く振る舞って、生きるためならなんだって狡猾に まるで大嫌いだった賊のようにして、慶次とお揃いだと言って大好きだった長い髪もみじかくみじかく、したの。あれは、ほんとうにか なしく て  つ ら か ったな。だって、予想通りに慶次は私だって気付いてくれなかった。


「ひっさしぶりだなァ、慶次。」「おいおい、そりゃねーよ。」「あンだけ楽しく遊びまわった仲だろ?」「…。『けーじってば早くしないと怒られるよ。』」
「アンタ、誰だ?」「っていわれてもなあ。心当たりないし…。」「…ほんと、だれ。」「 まさか、」


 あはは、なんて顔してるの?私がこんな、男と見紛うばかりの姿だから?それとも、こんな戦場にいるから?

「なんでだよ。」「どうして。」「どうしてここにいるんだ。」「なんで、そんな、」
「今はこうやって生きてるからだよ。」「“どうして”も“こうして”もないっつったろうが。」「そればっかりだなァおい。ったく、今はこーやって生計たててんだよ。」「ゴタゴタ言ってっといい加減斬るぞ。俺も仕事で雇ってもらってんだからよ。」

「俺は、お前を斬ることなんて、」
「出来ないとか抜かすんじゃねえよ。お前、此処が何処だか分かってんのか。戦場だよ戦場。遊び場じゃねえんだ。餓鬼みてえに騒ぎながら走り回れる場所じゃねんだっつの。」


 優しい慶次。敵の私のことなんて殺してしまえばいいのに。優しい、優しい慶次。

「…分かった、じゃあ前田の風来坊が楽しく遊べるように俺が今から遊戯を考案してやるよ。」「昔に戻ったみたいなのが良いだろ?なァンも考えねえで遊びまわる餓鬼みてェなの。」「そうだな、先に首をとった方が勝ちってのはどうよ。首をとる方法は何でもアリだ。別に自分でやらなくたっていい。」
「は、」「何言って、」「何言ってんだよ!!」
「あー、でもダリィから今日中にやることな?」「家に帰るまでに死ななかったらいいだけだろーがよ。」
「話を聞けって…!」「そういうことじゃないだろ!」
「じゃあ今からな。よーいどん。」



 あのねあのね、昔ね、一度だけこっそり慶次に会いに行ったんだ。その時に知ったんだよ、慶次の中にはもう私以外の人がいるんだって。だから、私も早く慶次から離れないといけないの。じゃなきゃ優しい慶次の重荷になっちゃう。なのに、なのになんでかなあ?どうしたって慶次が欲しくてたまらないの。慶次じゃなきゃだめなの。

 だから、もう 終らせようと思って。


「ア?何お前、俺のこと殺せねーんだろ?だったらさっさと帰りゃいいじゃん。」「嗚呼、俺が殺しに来ないかが不安なんだな?分かったよ、俺も帰るし。あ、刀抜いたままなのは許せよ?帰り道に殺されたらお前の勝ちになっちまうし。」「そうかい。」
「…ッ、なあ、なんでこんな…!」「俺は!こんな形でなんか会いたくなかった!」「なあ…!」


 背中を向けて反対へ歩き出せば慶次も諦めて、歩き出す音がした。そう。それでいいんだ。
 慶次が俺を殺せないように、私も俺も慶次を殺せやしないんだから。

「―――なんで、」「なにしてんだよ!」「だからって…!」
「ほんと、それ ばっか、だな 」「おま、えが ころせねーとか いう、から、」「わかってくれ っての、」
「もう喋るな!いいか、これ以上喋ったら、」「あんな下らない遊びに勝ったって――」
「おれは、おまえに  かっ てほし いんだって。」「だいすきなけいじには いつだって かっこよくいてもらいたいじゃんか。」
「え――」


 ばいばいけいじ。だいすきだいすきだいすき。げんきでね。ふりかえってくれて ありがとう。ふりかえったら のどをきった わたしがみえた なんて さいごにしてごめんね。わたしを たすけようとしてくれて ありがとう。いちども 名前をよんでくれなかったのは いっしょうけんめい わたしを てきだと おもおうとしてたんだよね。それでいいんだよ。やさしいけいじ、だいすきだったよ。



君もそうして逝くんだ(僕をおいて)
20120504