私のいた時間よりも私のいない時間を愛してください | ナノ




 おうさまおうさま、と舌っ足らずな発音で追い掛け回していた頃からずっと私はギルガメッシュのことを好いている。
 そうして呼びながら毎日毎日ギルガメッシュについて回っていれば、まるで犬のようだと綺礼に呆れられた。もう慣れっこで「お前は何歳児の子供だ」と馬鹿にされるのだって慣れっこである。私が何であろうと何歳児だとしても私がギルガメッシュを慕う障害にはならないし、ギルガメッシュは私が後を追い掛け回すことに一度も注意してきたことは無いのだから特に問題はない。まあ、それは恋愛対象に見られていないことと同義なのだが、悲しいかな、それにも慣れてしまった。逆に子供のようにしか見てもらえないんならいつまでもこのまま付き纏ってたっていいよね、と開き直ってしまっているのが現状だ。

 肩っ苦しい窮屈な制服から着替えて綺礼が用意して置いてくれたおやつを食べる。買って来てくれるのは専らギルガメッシュだけど、こうやって毎日用意してくれるのは綺礼で、綺礼もなんだかんだ言って私に優しいのだ。食べ終えて歯を磨くために洗面所の方へ行くと、隣のバスルームからシャワーが飛び散る音がしていた。綺礼は仕事中だし、ギルガメッシュだろう。歯を磨き終えた私はバスルームのドアにもたれて座った。こうして出待ちのようなことをするのも日常で、呆れ果てた綺礼は最近 私に何も言わなくなった。
「帰ったのか。」
 浴槽につかったギルガメッシュの声がバスルームに響いてなんだか変な声になっていた。当たり障りもなく「うん、ただいま。おやつありがとう。」と返すと「口に合ったのなら良い。」と言われた。こんな王様はギルガメッシュを知っている人からすれば驚くべき姿だろう。なにせ、不敬な口調をする小娘相手に優しい物言いをするのだ。
 この王様は見かけによらず子供好きで、うんと小さなころから自分を慕っていた私に対してべたべたに甘い。悪戯を仕掛けたって私なら一分間の擽りで許してもらえる。
 ぱしゃりと水が跳ねる音を大人しく静かに聞いていると、不意に名前を呼ばれた。
「なに?」
「いつまでそうしている心算だ?いくらお前であろうと、体を重ねる以外でこの我の裸体を見るなど許されんぞ?」
「あっ もう上がる?じゃあ出てくね。」
 素直に上がるから出て行けと言えばいいのに、まったくひねくれた王様だなあ。にしても、悉く恋愛対象に入れてくれないんだね。まあいいけど、なんて思っているとドアが開く音がして、そのまま後ろ向けに吸い込まれるようにしてバスルームへ引き込まされた。そして湯の張られている(当たり前なのだが)浴槽にドボン。突然のことに驚いてむせ返ると、ギルガメッシュは至極楽しそうに笑った。
「な にするの!」
「なに、お前があまりにも鈍いのでな。強攻策をとったまでだ。」
「にぶい?」
 鈍いとはなんだ鈍いとは。折角着替えた服を上から下まで隈なくびしょ濡れにされた挙句鈍いとはあんまりである。後ろから抱きしめられているのでやや斜めになりながらしかめっ面を見せると、ギルガメッシュは私の頬に手を添えた。
「この我が気に入って居らんものをいつまでも傍に置いておくと思っているのか?いい加減貴様は我からの寵愛に気付くべきであろう。」
「…?」
「お前が気付くまで、と我が何年待ったと思っているのだ?」
 話が全く見えない。そりゃあ、まわりと比べて凄く愛してもらってるのは分かってる。けど、多分ギルガメッシュが言いたいのはそういうことじゃないんだろう。じゃあ、何?
 ギルガメッシュはきょときょととしている私を自分と向い合せになるように膝の上に座らせる。ギルガメッシュが入浴剤入れるタイプで良かった。だってそうじゃなきゃ今頃色々と恥ずかしくってここにいられないってそうじゃなくて。
「風呂にまでついてくるなど 無防備極まりないお前が悪いのだ。」
 そう言ってぱくりと食べられるようなキスをされれば私のショート寸前だった頭は思い切りショートしてしまった。体の機能全てがぼんやりしてしまった私には愉しげに笑うギルガメッシュしか視界に映らない。嗚呼 違う違う、自惚れるな私。こんなにも体が熱いのだってぼんやりするのだってお湯の所為だ。そうに決まってる。だってギルガメッシュは私の事なんか――

「喜ぶがいい。お前は我の財に加えるに値する女だ。」



花束と水中遊泳
20120415