私のいた時間よりも私のいない時間を愛してください | ナノ




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 重力のない廊下をふわふわと漂いながら自室に戻りソファに寝転んだ。機体の修理やらメンテナンスを数日かけてずっとしていたので、凝り固まってしまった筋肉を解すために軽くストレッチをするとポキポキと骨が鳴った。ちょっと解そうとしただけなのに、こんな音が鳴るなんて我ながらちょっと仕事への没頭振りに怖くなる。全体的に解し終えてからソファに深く沈むと無意識に欠伸がひとつ飛び出た。そういえば仕事中はほとんど眠っていなかったっけ。明日からも仕事は休みなくあるのだし、今日一日くらい眠りこけたって構わないだろうと思って目蓋を下ろし睡眠体勢に入る。けれど、いつまで経っても睡魔はやってこない。どうしたものか。眠らなければ明日に差し支える。
 ひとりで うんうんと唸って考えていると、ドアがノックされた。返事をすると外からは刹那の声が返ってきた。刹那から私の部屋に来るなんて珍しいこともあるものだと驚きながら入室を許可する。そういえばロックを掛けていない。不用心だなとか言われそうだ。
「ロックくらい掛けておけ。」
 私が掛けなかったロックを掛けながら短い言葉で刹那は注意してきた。(それみろ、大体のことは合っていたぞ。)誰と張り合うわけでもないのに心のなかで呟けば、刹那は寝転んでいる私に上から視線を投げ下ろした。
「どうかした?刹那から来るの、珍しい。」
「別に…。」
 微笑みかけながら問えば刹那は言葉を濁した。刹那が言葉を濁したのは、別に何か言えない事情があるからとかではない。それもその筈でこんなことを訊くのはこれが初めてだからだ。私たちは恋人ではないけれど、お互いが近くにいる方がどことなく居心地の良さを感じる。だから私が刹那の部屋に週に3度は訪れるように刹那も時々私のもとへ来る。そのことに「居心地がいいから」以外の理由なんていらないし、それ以外を聞くのは無粋なことだ。そうだと分かっているのに私が訊いたのは、刹那が何かはっきりしない、思案顔になっていたからなのだけど。
「疲れている時にすまない。」
「あ、や 待って、」
 はっきりとした答えは寄越さずに、くるりと踵を返して掛けたばかりのロックを開錠しようとした刹那を慌てて呼び止め、ソファから起き上がり隣を叩いた。意味が通じたのか、素直に座った刹那の膝に頭を乗せる。いわゆる膝枕というやつだ。「眠れなかったから、眠れるまで傍にいて欲しい。」と伝えると刹那は二つ言葉で了承してくれた。


「刹那の手、おっきいね。」
 折角膝枕をしてもらっているというのに、中々寝付けない私は刹那の片手を広げたり、拳を固めたり、頬擦りしたり、色々と弄って遊んでいた。私なんかの手とは全く違い、世界と真正面から挑んでいる逞しい手だ。
「お前の手は小さいな。」
 私が弄っていない方の手で頭を撫でてくる刹那はふっと笑って言った。小さい、だろうか。確かに刹那と比べれば小さいけれど、ぶっちゃけた話 私の手はフェルトやミレイナのそれよりも大きく、女性の平均的な手よりも少し大きいサイズだ。男女の差ではないのかと問えば、刹那は首を左右に振って否定した。
「守ってやりたくなる。」
 愛しむような、柔らかい表情(かお)で私に触れる刹那が何故か聖母マリアのように見えた。慈愛に満ちた優しいその体温と頭を撫でる手つきは私を安心させ、睡魔の手に渡らせるには十二分だった。ゆるゆると目蓋が落ちだしたのに気が付いたのか、刹那は微睡みだす前に言葉を発した。
「俺はお前の隣が欲しい。イノベイターである俺がお前の隣だなんて困るかもしれないが。」
 眠気が少し飛んだ。私の隣が欲しいとかイノベイターだと困るだとか馬鹿だなあ刹那。そんなの私が気にするわけないでしょ。確かに刹那の時間でいえば一緒にいられる時間はとても少ないけれど、その中に私を差し込むことが出来るんでしょ?願ったり叶ったりだよ。嬉しさでくすぐったい。だけど馬鹿なことを言ったんだからその分だけの意地悪はさせてね。
 遊んでいた手を刹那の頬に滑らせると、刹那はその手を頬にあてたまま遊ばれていた手で掴んだ。
「私にも刹那の隣を頂戴。ただの人間なんかが隣だなんて困るかもしれないけど。」
 そういえば一瞬驚いて。でもすぐに満足げな顔をして私の頭をもうひと撫でして手を絡めてくれた。飛んでいた眠気が倍以上になって帰って来る。このまま眠ってしまうのはとても惜しい気がするけれど、目を覚ました時にはきっと隣に刹那がいるから安心して眠ることが出来る。
 ゆっくりと目蓋を被せて視界に宇宙を広げれば、そこを縦横無尽に動き回る刹那が映った。

「おやすみ。」



幾星霜を経て君のもとへ還る
刹那誕生日おめでとう
20120407