私のいた時間よりも私のいない時間を愛してください | ナノ

パズル:puzzle
謎解き。判じ物。
図形、イラスト、文字の配列などを使用する謎解き。

ジグソーパズル:jigsaw puzzle
不規則に切断された絵や写真を、ばらばらな状態にしてからその断片を元の絵や写真に復元する玩具。嵌め絵。




-01-
 なぜそうなったのかは覚えていないけど、昔 俺と片割れはジグソーパズルにはまった。こまごましていて、それこそ俺の苦手分野だったけど 出来ないのが悔しくて、完成したら嬉しくて。一人でやったり二人でやったりと、よくやっていた。
 当時にしたら物凄く難しいと感じていた200ピースのパズルをそれぞれ買ってもらった時に、たまたま片割れとどっちが早く出来るか競争することになって。勝敗は火を見るよりも明らかだったからか、必死にパズルを解いていると周りからよくちょっかいを掛けられた。それが邪魔で邪魔で仕方なくて近くにあった瓶の中にパズルを詰めて修道院から飛び出して近くの古びた神社に逃げ込んだんだ。
 その時に初めて出会った女が彼女だった。
 いつも賽銭箱の裏に寝転がっている少女だった彼女が俺を引き寄せたのか、はたまた偶然であったのかは分からないけど、俺たちは出会った。死んだ目をしていた彼女が恐ろしくも美しく感じた瞬間、幼い俺は、幼さの特権である「無邪気」を使って話しかけていた。

「このパズル、お前解ける?」




-00-
 ある馬鹿な悪魔のお話をしてあげる。
 人間の体に取り憑いたとある悪魔がいたの。下級でもなければ上級でもない中級の、普通のそこら辺を漂っている悪魔が。その悪魔はいつも気まぐれで、たまたま物理界へ行ったときに取りついた女の子から抜け出せなくなってしまったの。
 この人間の体は酸素があれば生きられる。水やら食料は悪魔の魔力で補うことが出来たから、酸素さえあれば生きていられる。そう気が付いた悪魔は、別に何の問題もないと思った。生きれるなら、どこに居たって構わない、そう 思っていたから。
 だけどある日気が付いてしまう。「自分はなんて空っぽなんだろう」と。虚無界に居た時もそうだったように、自分は何も持っていない。だから相手にされることもすることもなく、ただただ気まぐれにフラフラと彷徨っていられたのだと。気が付いてしまった悪魔には虚脱感しか残っていなかったの。
 ある悪魔が欠片を持ってくるまでは。




-02-
 彼女の中で秀でていたものは頭の回転の速さだった。
 渡したビンの中身を広げてぱちぱちと旋律を奏でていくようにピースを当て嵌めてゆく姿は俺をひどく驚かせ、感嘆させるものだった。ピースが一つはまっていくごとに「すっげえ!」と声を上げる俺を名前は諭すことなく淡々と、だけれど少し嬉しそうに旋律を奏でてくれた。
「俺、奥村燐っていうんだ。おまえは?」
「‥‥しらないよ。」
 穴のないパズルに感動を感じながら問うと、彼女は面倒くさそうな顔になった。奏で終えた旋律にはもう飽いてしまったのだろうか。視線を外すために反対側に寝転がったらしい彼女の興味をこちらに向けたくて俺は肩を引っ張って「じゃあ俺がなまえをつけてやるよ!」と言って勝手に命名していた。それがその時ハマっていたアニメか戦隊シリーズの登場人物の名前だったかどうかも、今では何も覚えていないが、それの返事のように彼女が「燐」と呼んでくれた時の高揚は覚えている。




-04-
 こまごまと考えるのは昔から性に合っていなかった。そういうのは片割れが得意だったから、代わりに俺はピンチの時にすぐに駆けつけられるヒーローのように、思ったことは即行動に移すタイプだった。おかげで行動の九割が大雑把になってしまったのは致し方ない。部屋が汚いのも、それを片割れに怒られたのも、今片付けなくてはいけないのも、やはり致し方ないのだ。
 カラカラと中身を響かせながら転がってきた瓶は俺の脚にぶつかって止まった。こんな瓶あったっけ?拾い上げると、中身はパズルのピースが一欠片だけ入っていた。大きめの瓶の中に小さなピースが一つという不恰好さに眉を寄せてなんだったか考えていると、記憶の糸を手繰り当てた。そうしたら、ほら。片割れが怒るのも聞こえなくなって、部屋を飛び出した。




-03-
 何度も何度も、一生繰り返されるんじゃないかって程に俺は名前のいる賽銭箱の裏に行き、その度に違うパズルを持って二人で解いた。来る度に段々と彼女は柔らかくなっていくのが感じられて、俺は賽銭箱の裏を覗き込むのが楽しみになっていた。柔らかいというのは体つきとかそういった発育のことではなくて、薄っすらとだけど笑うようになったことだ。

「おまえのかみってキレーだよな。」
 はらりと顔の横に流れ落ちてきた髪を一房掬うと、彼女はびくりと体を揺らした。次に揺れたのは最後のピースを持った手で、小刻みに震えていた。どうかしたのかと問う前に「ごめんなさい」「ごめんなさい」と取り憑かれたかのように紡ぐ口が怖くて、何が起こっているのか分からなかった。
「わたし、悪魔なの。」
「この体に取り憑いちゃってから出られないの。」
「きっとこの子の意識はもうないけど返してあげないと。」
「ごめんなさいごめんなさい‥。」
 紡がれるうわ言のような言葉の中に「悪魔」という単語が入っているのを聞いた瞬間、俺は頭の中が真っ白になった。俺の父親は祓魔師でエクソシストで何が仕事かっていうと悪魔を祓うことで家は修道院で悪魔は入ってこれない場所でだって悪魔は悪いやつだからでそれで――。
 気がついたら俺は彼女の持っていた最後のピースと瓶だけを掴んで走っていた。困惑していたのだ。だって、そうだろう?悪魔は悪いやつなのに彼女は悪いことをしたって謝ったんだ。それは、悪いことじゃない。むしろ凄く良いことで、俺がよく父さんに怒られたら言われることだけど俺はなかなかそれを言えない。じゃあ彼女は悪魔じゃない?でも俺見ちゃったんだ、あいつの彼女の影にひとのかたちと それから長い耳と尻尾があるのを。




-05-
 走って走って走って、ようやく足が止まった時には日が少し傾いて子供が「お菓子もっと頂戴」とねだるような時間だった。
 古びた神社は更に古びていて、触っただけで崩れ落ちそうな風貌になっていた。賽銭箱の裏を見るとそうであるのが当たり前のように誰もいなかった。ただ色の褪せたピースが数個落ちているだけで。
「俺あの時は逃げたけど もう逃げねえから、俺の言うこと聞いといてくれよな。」
 息を吸うと鼓動が激しくなった。なんだこれ、緊張してんのか。
「実はさ、俺も悪魔だったんだ!だけど俺は祓魔師になることを選んだ。聖騎士ってお前も分かるよな、祓魔師の中で一番つえーやつ!それになって俺はサタンをぶん殴る。」
 それでさ、と繋げた接続詞がやけに震えた。おっかしいな、予想以上にこれって恥ずかしいもんなのかと今更ながら感じてしまった。感じてしまったらなんだか言おうにも言えなくなってきて慌てた。
「ぶん殴る頃には頭も良くなってるかもしんねーし、もしかしたらお前がその子の体から出る方法だって分かるかも知んねー。だから、さ 俺の横に来いよ。」
 ざざあっと周りの木が風で揺られて葉っぱが踊った。ひやりと感じるはずの風は何も与えないで吹き抜けていって、背中から温かさが伝わってきた。おずおずと回される細い腕は見たこともないものだったけど、それは確かに彼女のものだった。
「俺が来たって分かった途端気に隠れやがって。」
「だ、って また拒まれると思って‥。」
「あの時は悪かった。」
 回された腕をほどいて向き合うと、背も伸びて表情だけでなく身体的な面も柔らかくなっていたが薄っすらとあの頃の面影を残した彼女は泣き出しそうな表情をしていた。
 ズボンのポケットに突っ込んでいた瓶を取り出して彼女に渡す。他とは違い、色褪せてなくて新品のようにも見えるそのピースを大切そうになぞる彼女の手は淡々とパズルの穴を埋めていた頃と何一つ変わっていない。毎日毎日、違う絵柄のパズルを俺が持ってくる度に嬉しさを隠そうと笑顔を押し込めたような表情をしていた頃と何も、変わっていない。
「俺の隣に来いよ。」
 後頭部と腰に手を回して引き寄せると、ぎゅうと抱きしめ返してきた体温だけが高くって笑みがこぼれた。二人でパズルを完成させた時みたいな充足感のあるやつが。






puzzle game
20111214