私のいた時間よりも私のいない時間を愛してください | ナノ



 何でこうなったんだっけ。
 ぱちぱちと瞬きを繰り返しながら目の前の青い瞳と視線を交えたり外したりと、せわしなくしながらどうしてこうなったのか考える。ええっと、どこから始まったんだっけ?

「ハロウィンに祓魔塾のみんなに配るお菓子を作りませんかっ!」
 2週間ほど前に、女の子だけを集めてそう言った私の顔はトマトのように真っ赤だったに違いない。火照りは治まらず、むしろ上がってさえ来ている錯覚に陥っていると、楽しげな声で真っ先に返事してくれたのは朴ちゃんだった。おどおどとしながら しえみちゃんと出雲ちゃんの返事をうかがうと、2人も朴ちゃんのように了承してくれた。それからはツンデレな出雲ちゃんの手綱をしっかりと握りながらしえみちゃんにハロウィンというものを教えて、朴ちゃんと仮装をするかしないかとか、色々と楽しみながら私はジャック・オー・ランタンの形をしたパンプキンクッキーを作って、当日。何故か塾の教室に入るなり、一番に手を握り締めて志摩に「トリック・オア・トリート!」と掛け声をいただいた。
「ふふふっ、今日のために作ったんだから!悪戯なんてさせないからね。」
「おおきになあ。せやけど悪戯もしたかってんけどなあ‥‥さしてくれまへんえ?」
「そういう不公平な趣味に興味はありません。」
 志摩のおふざけを無視して勝呂くんや子猫くんにも配っていると、送れて教室に入ってきた燐が物凄く顔を輝かせながら「名前!トリック・オア・トリート!!」と顔と顔の距離が5センチほどのところで叫ばれた。たかが5センチされど5センチ。これでも一応は乙女の端くれである私が顔をトマトにして逃げ出さないわけが無かった。

 すりすりと足元に寄ってきた黒猫に驚いてハッとする。夢中で走って逃げていた私はどうやら校舎裏の影にいるらしかった。喉を鳴らして擦り寄る黒猫をよく見ると、燐の使い魔のクロであることに気が付いた。頭を撫でてやるとにゃあにゃあと鳴いたのでガサガサと紙袋から燐の分のクッキーを取り出す。
「これ、燐に渡してくれないかな、」
「それは誰が誰に渡すんだよ。」
 クロに加えさせた燐の分のクッキーはクロと一緒にどこかへと行ってしまい、私はというと燐と校舎の壁に挟まれたところで冒頭に戻る(‥‥私が逃げ出したからこうなった、のかな?でもあれは不可抗力だよね?だって、あんな 近くに来られた ら)。
「おい。」
「‥な、んでしょうカ 」
「勝呂たちには渡す癖に何で俺には渡さないでクロにやってんだよ。」
「あ、いや、逃げちゃったんで、クロに頼もうかなァと‥。」
「へえー‥。」
 じとり、と燐に見られる。そりゃ気分悪いよね、誰だって逃げられたら気分悪いよね、うん。ここは素直に謝るべきだよね。「ごめんね」と口を開こうとした瞬間、燐が「トリック・オア・トリート。」と言ってきた。
「え?」
「だから、トリック・オア・トリート。」
「だって、燐の分は今クロが、」
「なら、名前はイタズラされても文句ないよな。」
 そう言うや否や、ちゅっという音が響いた。え、“ちゅっ”?何それ何それ何それ!??
 再びトマトになった私に向かって燐はイタズラっぽくもう一度「トリック・オア・トリート。」と言ってきた。



なんてずるいんでしょう!
20111031