私のいた時間よりも私のいない時間を愛してください | ナノ


 ほんの少しだけカーテンを開いてうっすらと曇っているガラス越しにあの人を見る。
 ああ、格好良いなあ。ドキドキと高鳴りだす胸を手で押さえて、落ち着かせるのも兼ねたため息を一つ吐き出した。ちょっぴり落ち着いた鼓動を感じながら、カーテンの隙間にすがるようにしてあの人を見つめる。あの銀色の髪は染めてるのかな。あの制服は立海大付属かな。高校生かな、中学生かな。なんていったことを優しい看護師さんが「検診の時間ですよ」って呼んでくれるまで延々と頭の中で思い浮かべるのが私の毎日。本当は引き裂くように思いきりカーテンを開けて うっすら曇ってるガラスなんて磨いて ぱーんって窓を開け放ってあの人を見つめていたい。でもバレちゃうのは嫌だ。親にも主治医の先生にも看護師さんにもあの人にも、誰にもバレたくないの。だって皆笑うでしょう?「あの子、いつもあそこにいる男の子が好きなのよ」って。微笑ましそうに、クスクス笑うでしょう?からかわれてるみたいで、すごく嫌になるから誰にもバレたくないの。だから、私は今日も見つめるの。窓を閉めたままでガラスも曇ったままにさせて、思いきりカーテンを開けることもなく、いつものようにほんの、ちょっとだけ開いて。

 十日前はショートカット。九日前はストレートヘアー。八日前はポニーテール。一週間前は三つ編み。六日前はロングヘアー。五日前はお団子。四日前は癖っ毛。三日前はセミロング。一昨日はふたつ結び。昨日はふんわりパーマ。
 あの人は毎日違う女の人とあの街路樹の下で待ち合わせしてる。なんだっけ、そういうのは女遊びって言うのかなあ。じゃああの人は女好き、なのかな?ううん、ここから出ないからそういうのはよく分からないなあ。テレビだって全然見ないからドラマなんかでそういうのを扱っててもよく分からないし。‥‥そういえば、私っていつからこの部屋にいるんだっけ。ややこしい部分だけ指を折ったり伸ばしたりしながら暗算すると、あと三年で入院してから十年を迎える年だと気が付いた。七つから入院してるから、もうそんななのかあ。じゃあ、あの人を見つめだしてから三年目ってことかあ。あれ?私って案外一途?
 思案していた頭のをあの人へと向けると女の人が走り寄ってきていた。あ、今日はショートボブ。

 初めて見たときは、なんの意識もしてなかった。あんまり眩しかったり気温が高かったりすると、病気とは何の関係もないしそういう病気でもないのに何でか調子が悪くなっちゃう体質だから普段からカーテンが開かれることは無い。ちょっとだけ開かれたカーテンの隙間から外を見ていたら数日くらい続けてあの人を見つけて、その時に初めて意識してなんて綺麗なんだろうって思った。光が反射してきらきらする銀色の髪も、捲り上げられたシャツからのぞく腕も、全部精巧な作りものみたいに見えた。その日からずうっと私はあの人に恋をしている。
 病室から出ることはちょっとしんどいからあの人には会えないけど、別に良いの。見てるだけで十分だし、あの女の人たちの中の一人にはなりたくないし、毎日見てるなんて気付かれると恥ずかしいから。でも、本当にちょっとだけ欲を言うなら目を合わせることくらいはしてみたいな。なんて思いながら今日もまた私はあの人を見つめる。



 あれ、と思ったのはあの人が街路樹にもたれかかりながら誰かを待っているのを見つめ始めてから一時間が過ぎたころだった。いつも待ち合わせの時間はまちまちで、一時間や二時間待つのは普通のことだけど、今日は何か違う。なんだろう。いつも以上に見詰めて、やっと気が付いた。今日は一度も携帯を弄ってない。いつもなら相手が来るまでずっと、あの小さな画面と見つめ合っているのに。壊しちゃったのかな。取り上げられちゃったのかな。次々と溢れ出す憶測を垂れ流しにしていると、不意にあの人と目が合った。え、 ? 気のせいだと思って瞬きしたけど、あの人の視線はそらされることが無くてしっかりと私を見つめていた。こんなの、初めてでどうしたらいいのか分からないよ。私、何をしたらいいんだろう。
 困惑する私をよそに、あの人は端から順に私の病室までを数えるとあの綺麗な顔を崩さずにニヤリと笑って、病院の敷地内に足を踏み入れた。




気付いてた?私がいつも見つめてたこと。
気付いてた?女遊びも待ち合わせ場所も、わざとだったんだよ。
20110916