私のいた時間よりも私のいない時間を愛してください | ナノ



 たまに思うんだ。こいつは本当に俺のことが好きなのかって。
 嫌われる要素としては、まあ、それなりにある。デートなんて野球で滅多に出来ねえし、朝練があるから登校も別々。俺が自主練するし、遅くなって危ねえから下校も別々。お互い移動授業のない日の昼休みに一緒に飯食って、たまのミーティングの日にだけ一緒に帰る。こんだけ構ってやれない分、嫌われてないとは言い切れない。
 でもあいつは嫌っているような素振りなんて見せないし、俺が一緒に帰れると教室まで伝えに行くと顔を輝かせる。秋丸に相談したら俺の考えは杞憂だって言われたけど、それでも俺はやっぱりなんつーか、疑ってしまう。
「今日、一緒に帰れっけど平気か?」
 教室の前の廊下まで呼び出してそう言うと、いつものように大きい瞳をさらに大きくして頬を緩ませて、ぱあっと表情を輝かせた。この顔ほんと可愛い。
「うん、平気だよ!じゃあ私、掃除じゃないから終礼が終わったら元希君の教室まで行くね。」
「ん。じゃ、あとで。」
 ひらりと手を振ってゆっくりと踵を返すと、笑顔のまま彼女は教室に引っ込んだ。
 ―――なあ、何でお前が来るんだよ。待ってるって一言言ってくれりゃ俺が迎えに行くのに。

* * *
 校門を出て道を歩いていると人がまばらになってきた。なのに彼女は何故か俺の少し後ろを歩いている。校内でじゃ、からかわれたりすっから隣に並べないのも分かるけどなんで。人だって少ねえのに――。
 ぐっと後ろにあった手を引くと、驚いた声と少し早くなった足音がした。隣に並ばせて手をしっかりと握ると、遠慮しているのかおずおずと握り返してきた。
「なあ、俺のこと、好き?」
「えっ?」
「だってお前、告って来た時しか俺に好きって言ってねえし半年経つのにいまだに君付けで呼ぶし、俺のこと頼んねえしわがまま言わねえし‥。」
 好かれてる自信が無い、と彼女の目を見て言えば少しだけ彼女の頬に赤みが掛かって瞳が潤んだ。ぎょっとしてとりあえずタオル貸してやんねえとと思い、手をほどこうとすると強い力で逃がさないとでも言うように握ってきた。

「ご、めんね、私、恥ずかしくて、」
「元希君格好良いのに、私、なんかと付き合ってくれてるから、負担になりたくなくて、」
「今からちゃんと元希って呼ぶし、出来るだけわがまま、だって言うから嫌わない、で、」

 握っていた手が両手に増えて、さらに力が加わった。最後になるにつれて鳴き声になってきた彼女を胸元にぐいと引き寄せる。なんだよ、恥ずかしいとか負担になるとか私なんか、とか。好きだから付き合ってんのに。
 ふわりとシャンプーの香りが鼻腔をくすぐった。それに引き寄せられるように髪を梳くと、不安げに見上げてくる彼女と視線がかち合う。
「じゃあさ、好きって言ってくれよ。」
 むすっとしていただろう顔を少し崩してじっと見つめると、視線が揺らいであちこちに動き回った。髪を梳く手をぴたりと止めると、意を決したのか、くいと俺の制服の裾を引っ張りながら口を開いた。
「元希、……すき。」
「ん。」
「すき、」
「うん。」
「大好き。」
 適当な返事だけしていると、彼女は更に泣きそうな顔をした。恥ずかしがり屋でこういったことを言うのが苦手ということを知ったというのに、彼女に羞恥を抑えてもらって何度も言わせる。その癖して言わせている張本人がこんな返事しかしないんだから泣きそうになるのは当然だ。それでも、すき、大好き、とオレの制服の裾を引っ張りながら上目遣いで続けて言う彼女が可愛すぎて意地悪する。普段言ってくれないことに対しての仕返しをこめて。
 続けて言っていた彼女が顔を俯かせて鼻をすすり出したのでそろそろ意地悪をやめて、髪を梳いていた手も使ってぎゅうっと抱き締めた。彼女の白くて綺麗な耳に口を寄せる。
「愛してる。」
 一般論で言えば好きの上は大好きで、大好きの上は愛してるだろう。そして、彼女はこの一般論に当てはまる。悪いな、俺は好きな子にはとことん意地悪したいんだ。
「ずるい、よ。」
 瞳から大粒の涙をこぼしながら「それ以上の言葉なんて私、知らないのに。」と言っておずおずと俺の背中に回された彼女の両腕の可愛らしさに俺はまた意地悪するんだ。

「じゃあキスしてくれよ。」



僕だって寂しかったんだ/20110806