私のいた時間よりも私のいない時間を愛してください | ナノ

 台所には鼻の奥にまでしっかりと残る、甘ったるい臭いが充満していた。勿論、この状況を作ったのは私自身なのだが、これ以上ここに居ると本当に気分が悪くなりそうだ。もともと甘ったるい物は得意ではないのに。

「‥何をしている。」
「あ、ティエリア。」

 眉間にしわを寄せて露骨に不快そうな顔をするティエリアに、はははと呆れた声で笑ってみせる。

「ここ、凄いから入ってこない方がいいよー。多分、気持ち悪くなるから。」

 さて、これを早く片付けねば。さっさとこの場から非難したい。ティエリアに背中を向けて作業に戻ると、ティエリアが後ろで盛大に溜め息を吐いた。‥ええと、これは私が何をしているのか答えていないから怒っているのだろうか。

「えーと、明日の準備です。」
「明日?」
「2月14日って何の日だ。」

 くるりと後ろを振り返ると、ティエリアは手で額を押さえて呆れた顔をしていた。

「そんな事の為に、こんな遅くまでそれと向き合っていたのか。」
「まあ、チョコレートがここまで気分を害する物に変わるとは思わなかったけどね。」
「そんなに大量に使っているからだろう。」
「だって皆の分作ろうと思ったら、これ位必要なんだよ。」

 どれ位の大きさにしようか、目分量を計っているとティエリアが隣に来た。

「‥アーデさん、さり気無く邪魔するの止めてくれます?」
「君は僕のものだろう。」
「だからちゃんと貴方の分は別で作ってありますよ。」

 そう言ってから別の所に置いていたティエリア用のチョコを、ぽんと口の中に放り込んでやる。一瞬目が見開いて驚いた様だが、直ぐにもぐもぐと口を動かし始めた。

「どう?」
「不味くは無い。」
「素直じゃないなあ。」
「‥甘い。」
「チョコってそういう物なんですが。」

 これくらいの大きさでいいかなー。うん、これなら全部均等だよね。生チョコに包丁を入れていくと、びん、と服の裾を引っ張られた。全く、いい加減邪魔するのは止めて欲しいんだけど‥。そう思ってティエリアの方に顔を向けると、唇が触れ合った。
 直ぐに唇は離れていって、その時見えた彼は一瞬だけだけど柔らかく笑っていた。私の思考回路はぐちゃぐちゃになって、一日早いバレンタインだなあとか、唇柔らかいなあとか、本当女の子みたいに綺麗だなあとか、チョコがそこまで甘くないとか、沢山頭の中を無意識に巡らせてから、独占欲が露わになったさっきの発言も、今の微笑みも、いつも以上に優しいのも、頬が赤くなるのも、甘ったるいチョコレートの所為だと思い込んだ。





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