私のいた時間よりも私のいない時間を愛してください | ナノ
ぼんやりと頬杖をついて白いチョークで書かれた文字が消されていくのを見ていると、黒板消しで消される度に白い文字が伸びて文字があった時よりも汚くなっていると思った。ぱたぱたと誰かが走ってくる足音が休み時間の廊下にある喧騒の中に混じって、それは私のいる教室まで来ると、ちょうど私の机の前でぴたりと止む。この間の定期試験の結果が張り出されたから見に行こうというお誘いを受けた私は席を立った。 結果が張ってある壁の周りには生徒がおぞましいほどに集まって、自分の結果に満足したりそうでなかったり、自分より上の者を妬んだり下の者を馬鹿にしたりといつもの光景があった。「いいなあ、点数良いじゃん」と羨ましげに言った友人に苛立った。テスト前だテスト前だと騒いだくせに何もせずショッピングだのカラオケだのと遊び呆けていたのだから、自業自得だ。「これ以上点数よくなって上のクラスになんか上がらないでね」と言った彼女に当たり前だとでもいう風な笑顔を見せた自分には、吐き気がしたけど。
勉強することは好きだった。すればするほど私の知識は増えていくし、知っていて損にはならない。何より勉強して知的好奇心を満たすのがパズルのようで面白かった。 「いつからそんな風になったんだ。」 いつものようにぼんやりと何処かを眺めて、補習を受けるために一人で放課後の教室にいるとゴムが教室の床を擦る音と問い詰めるような声が投げかけられた。 「私は昔からぼんやりするのが好きだったよ?」 「そんなことじゃない。」 今なら眼力だけで相手を殺せるんじゃないかというくらい、風介は私をぎろりと睨みつけた。そりゃそうだ。だって血は繋がっていなくとも昔から同じ家で生活している相手なのだから私が一人でぼんやりとすることを好んでいるのを知らないわけがない。では、風介は何に対して私が変わったと言いたいのだろうか。 「いつからそんな風に周りに合わせるようになったんだ。」 風介の言葉に意表を突かれて返事を返せないでいると、「お前なら私たちのいる、ここよりも上のクラスで首席を取ることだって出来るのに何故あんな下らない友人なんかに合わせているんだ。」と畳み掛けるように呟かれた。 風介はオブラートに包んで隠すといったことを知っているのにしない。率直な言葉は包まなければ鋭いナイフに変わる。それも知っているのに絶対にしない。まどろっこしいのが嫌いだからだ。晴矢だって雀の涙ほどの気遣いはするのに。 「風介に、関係ないよ。」 私の声は弱々しくて暗かった。
初めて輪から外されたのは小学生の時だった。仲の良かった子たちとケンカをして、私一人だけが仲間外れにされた。その頃の私は風介のように言葉を包まずナイフを投げつけていたから当然といえば当然だったのだけど、お日さま園の、風介や晴矢にヒロトたちがいたから自分がやっていることが間違っていないと思うことが出来た。 2度目の仲間外れはエイリア石によるものだった。どうしてもエイリア石を受け付けなかった私の体は父さんの計画からはじき出された。その時に私は風介たちという精神的な支えを失くした。支えのないまま普通に生活をしていると、その中で合わせたくもない他人に合わせる癖がついた。足並みを揃えないと、置いて行かれる気がして怖いと思う私は、誰かに支えてもらわないととても弱いのだ。
「私に関係が無くても、私は待っているからな。」 ゴムがリノリウムの床を擦る音が動いた。唖然とする私をよそに風介は振り返ることもなくさっさと教室を出て行くと廊下に紛れた。 風介に関係が無くても、風介は待ってるって、それはまた昔みたいに私を支えてくれるってこと?自分が思ったことだけを率直にいう風介の言葉は含まれている意味まで読み取るのが大変だ。昔の私に戻れば風介の言っている意味も分かるのだろうか。チャイムが鳴って補習を担当している教師が入ってきた。 とりあえず、風介の言葉を理解するために次のテストで校内1位を取ることにした私は罫線に文字を走らせた。
おしゃべりなだけの心臓ごと埋葬
20110807/√A
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