私のいた時間よりも私のいない時間を愛してください | ナノ




「とっても綺麗な赤色ね!抉り出しちゃいたいくらいだわ!」

 あの女と初めて会ったのは前の神官と対面させられた時だった。前の神官だったあの女は「初めましてマギ様。私名前と言います。」とにこやかに自己紹介をして片手を差し出し、「とっても綺麗な赤色ね!抉り出しちゃいたいくらいだわ!」と冒頭の文章を吐きだした。
 まず俺は女の容姿に意識を向けていて(長い真っ直ぐな黒髪で別に不細工な顔ではなかった)、差し出された手にどう返してやろうかと思案を巡らしていた。そこに訳の分からないあの言葉を投げかけられて、「‥は?」と声がこぼれた。近くにいた偉そーな奴が慌てたように「名前様、新しい神官さまですぞ!」と取り乱して、女は訳が分からないといった顔をした。
「?知ってるわよ?こちらのマギ様が私の次の神官様なんでしょう?」
 偉そーな奴に呆れ果てたような顔を向けて一瞥し、こちらを向いて「私は魔導師だからあなたより階級は低いの。だからあなたの下でお手伝いさせてもらうわね。これからよろしく。」と言って差し出したままだった手をひらひらと振った。その手をばしんと叩き落とせば女はにやりと不快な笑みを浮かべた。
 俺が神官になったからと言って、あいつの仕事が変わったわけじゃなかった。俺は気ままに動き回ってるからその分の仕事をあいつがこなして、大きな仕事だけ俺が引き受けるといった神官が二人いるような状態が出来上がっていた。肩書では俺の方が上になっているし、あいつだってそれに文句を言っていないから誰も何も言ってこない。随分と楽な仕事だ。好きなように迷宮を出して戦争をする。楽だし楽しいしこの仕事は結構気に入っている。ただ、たまに誘われるあいつとの茶会は面倒だった。
「ねえ神官様、私とお茶しない?」
 そう言って無理矢理椅子に座らせて入れたばかりの茶を勧めてくる。にこにこと笑みを張り付けて瞳は見せないで。
 俺はこいつのこの態度が嫌いだ。銀行屋みたいにヘラヘラニヤニヤ。あいつはそれで俺に構って来ないからいいけどこいつはそれで目玉を抉り出したいなどと構いにくるから鬱陶しいことこの上ない。
「飲まないの?あなたが飲みたがっていたお茶なんだけれど。」
「誰がいつそんなこと言ったんだよ。」
「紅玉様がジュダルちゃんが私のお茶を盗ろうとするから一度飲ませてあげてって。」
 よくよく見てみれば透き通った黄色のような、光の当たり具合で金色にも見える茶はババアがこの間飲んでいた茶のようだった。色も匂いもいいから飲ませろと言った覚えがある。ケチってババアは飲ませてくれなかったから飲めるのは嬉しいが、淹れたのはこの女だ。
 疑心と不快感を露わにして睨めつけると女は飲んでいた茶を机に戻しクスクスと笑った。
「そんなに私が嫌い?」
「ああ。」
「何がいけなかったのかしら。"抉り出しちゃいたいくらい”?」
「全部。」
 ううん、と考え込んでいる間も女の瞳は見られない。ふと、この女の瞳が見たくなった。
「お前がその眼を見せてくれたら茶ぐらいは飲んでやってもいいぜ?」
 すると女はキョトンとした顔をして「そんなものでいいの?」と言った。「私はこの目が好きじゃないんだけど‥‥まあいいか。」と呟くと開くのが当たり前ですとでも言うようにぱっちりと目を開いた女の瞳はさっき見たばかりの色だった。
「お前の目、この茶みてえ。」
「え?‥‥‥嗚呼、言われてみれば。」
 なるほどと納得したような女に、見せつけるように荒々しく自分のそれを取り一気に飲み下す。べえっと舌を出してやるとまたキョトンとした顔をした。
「抉られる前に飲み下してやるよ。」
 そう言えば女は目を細めて口角を吊り上げ怪しく笑った。




赤に塗り潰す/20110723