私のいた時間よりも私のいない時間を愛してください | ナノ

 私はただの使用人で、あの人はマギでこの国の神官さま。身分の違いというどうやっても乗り越えられない巨大な壁が一つ。
 こんなにも好きなのに、私はあなたの視界には入れない。



「なあ、お前毎日そんなことしててつまんなくなんねーの?」

 ざばざばと音を立てながら衣服からベッドのシーツやらを洗っていると後ろから声を掛けられた。心臓がひとつ、大きく跳ねる。振り返れば無表情に近い顔の神官様が木の上で片足をだらりとぶら下げて座っていらした。
「つまらないかと問われましても、仕事ですので。」
 失礼は重々承知しているけれど、時間がもったいないので洗いながら神官様に背を向けて返事を返した。「ふーん。」とつまらなさそうな声が跳ねる水音と重なって消える。
 泡が含まれた桶の水を流して、洗い終えた布束を両腕で抱え込み、洗濯ロープが渡されている広場に持っていく。途中でちらりと後ろを盗み見たが、神官さまはいらっしゃらなかったので違うことに興味を移されたのだろう。近くにいらっしゃらないことを認知した途端、心臓の鼓動が正常に働きだす。どれだけ緊張していたのかと少し可笑しさを感じながら、次々とロープに洗濯物をひっかけてゆく。全て干し終えると厨房に走り食器洗いの手伝い。それが終われば今度は掃除だ。隅々まで箒を掛けてからモップをする。それらが終わるころには日が傾いていて、今日の分の仕事は終わりだ。干していた洗濯物はほかの子が取り込むことになっているし、あとはご飯を食べて眠るだけ。
 自室へと暗い夜の廊下を歩いていると、ひたりと足音がした。見てみれば少し先に神官様がいらっしゃった。
「お勤めご苦労様です、神官さま。」
 心臓が異常になる前にぺこりとお辞儀をして脇を通り過ぎようとした。
「なあ、」
 ぐいっと腕を掴まれた。進行方向と逆向きに進んだのでバランスが崩れそうになるのを、よたよたとした足で支える。ああ、心臓 が
「今日一日中絨毯からお前の事みてたけどよお、お前やっぱつまんねーと思ってんだろ?」
「そ、んなこと 」
「お前ぜんっぜん笑わねーしよぉ。」
 掴んでいる手から逃げようと身をよじらせると、逆に腰を引き寄せられて目の前でこう言われた。

「だから俺が楽しませてやるよ。」




ありふれた日常/20110721