私のいた時間よりも私のいない時間を愛してください | ナノ



 奥村先生に勝呂君や志摩君子猫丸君はもちろんのこと、出雲ちゃんもしえみちゃんもそう。皆とコンタクトを取らない宝君だってそうだ。私だけそうでない。
 奥村先生は最年少で祓魔師になった天才。勝呂君は努力家だし志摩君と子猫丸君も彼に引けを取らないように頑張ってる。出雲ちゃんとしえみちゃんは式神の扱いに長けているし、宝君は腹話術が物凄く上手。私は天才でもないし、頑張ってもいないし、式神の扱いに長けてもいないし、祓魔師としてのスキルが関係ないところでも取り柄がない。だから燐に逃げられたのかな。

「なあ、ホンマに逃げられたん?」
 ぢゅっと志摩が紙パックのミルクティーを啜った。へらへらした顔も、ピンクのような茶色い髪も、目尻が垂れた目も、いつものまんまで今がいつものように廻っているのだと確認できる。
「うん。」
 机を間にして志摩に相談している私は、志摩の問いに項垂れながら先程志摩に話したことを整理し直していた。
 つい先日、私は奥村先生の双子の兄・奥村燐に告白した。二人っきりになるのは難しいし、それはちょっと恥ずかしいので場所は昼食時で騒がしい食堂を選んだ(勿論、あの桁数を間違えているメニューを頼まないで席を借りるだけだ)。燐と仲良くなれた私はよく二人でお弁当を食べていたし、食堂に誘うのは至って普通のことだったから燐は笑顔と二つ返事で了承してくれた。そして平静を装って燐にだけ聞こえるように会話の中にさり気なく「燐のことが男の子として好き」と告白を紛れ込ませたのだ。燐は驚いて動かしていた箸を途中で止め、じわじわと顔を赤くさせた。それに感染したように私も少し赤くなって―――そこまでは予定通りで、そこからふられるか否かのどちらかだったのだが、タイミングよく「兄さん?」と奥村先生が通りかかったのだ。燐はビクッと体を震わせると急いでお弁当を片付けて私になんか目もくれずに「雪男!」と叫んで奥村先生を捕まえてそのまま走り去った。あとに残された私はどうすることも出来ずに呆けていて、その後の塾では分かり易さを教えられるように思いきり避けられた。
 そして、燐の逃避行動は2週間経った今でも続行されている。
「絶対ふられた。」
「そないなことないやろ。恥ずがっとるだけやと思うで?」
「だって私取り柄がない。」
「自分、充分魅力的どすえ?」
「志摩の言葉は全く以て重みがない。」
 告白するんじゃなかった。するにしてももっと自分を磨いてからにすればよかった。後悔は先に立たないなんて、そんなの知ってたのに。
すると「あんま気にせんほうがええですよ。思い違いなんてよくあることですえ?」と、志摩が励ましで下がっている頭を撫でてくれた。もちろん、髪に気遣って優しくである。志摩の優しさに気持ちと頬が緩んで、ありがとうと言おうとすると志摩との間にあった机が思い切り叩かれて、机だけでなく床や空気まで振動した。緩んでいたものは一瞬で引き締まり、体は驚いて一度大きく跳ねると強張った。机を見てみれば、私と志摩以外の手が乗っかっている。
「‥‥ふざけんじゃねえぞ。」
 それは燐の手だった。低い声とともに吐き出された言葉と鋭い眼光は少しの間私を射竦めると、何かを切り捨てたかのように鋭く踵を返した。
「‥‥‥志摩、」
 私、嫌われちゃったみたい。空気のように扱われていた志摩にぽつりと呟くと雫が一滴だけ孤独に流れ落ちた。

 やっぱり、取り柄がないから好きになって貰えないんだ。どうせ女の子なら、燐ほど上手じゃなくたっていいから料理がそこそこ出来る子になりたかった。今から練習すればなれるだろうけど、今からじゃもう遅い。
 燐に避けられてから2週間と3日が経ち、燐にふざけるなと言われてからは学校でも塾でも燐を避けてしまっている。その間顔を見られないようにとずっと項垂れていたからそろそろ首の筋肉が悲鳴を上げていて辛い。それと同じだけ人にぶつかったりもしているわけで、足元が暗くなったと気付いた時には誰かとまたぶつかっていた。
「すみません‥‥。」
「いや、こっちこそ、」
 謝ろうと顔を上げると、目の前にいたのは燐だった。体が強張る前に走って逃げようとすると燐に腕を掴んで阻まれた。離してよ畜生、聖水ぶちまけてやろうか。
「お前俺のこと避けてるだろ。」
「‥‥うん‥。」
「俺がサタンの息子だからか。」
「ちが、」
「じゃあなんだよ!」
 この間の机のように燐が思い切り壁を今度は拳で叩いた。ふざけるなと言われた時の燐の声や目つき、雰囲気を思い出して涙がこぼれた。燐は理不尽だと思った瞬間、私の口は無意識に動いて「先に避けたのは燐じゃん! ひとが頑張って告白したのに奥村先生のところに逃げるしそれからずっと私のこと避けてくるし私がどれだけ悩んでるのか知りもしない癖に志摩に相談してたらいきなり私のことふるしなんか怒ってるし!」
 爆発した気持ちをノーブレスで捲し立ててやると、燐は驚いたのか目を見開いて少し腰を引かしていた。
「ふられたんだからちょっとは傷心に浸ることくらいさせてよ‥!」
「はあ!?俺ふってねえし!」
「じゃああのふざけんなって何?」
「あれは志摩と仲良く話してたからだ!」
「はあ、?」気の抜けた声が出て、代わりに涙は引っ込んだ。燐の言葉を咀嚼できなくてどういう意味なのかさっぱり分からない。
「俺に告白してきた癖に他の奴と喋ってるからだろ!」
「へ、返事もせずに逃げた燐が悪いんじゃんか!何勝手にやきもち妬いてるの!」
「お前が告白なんかしてくるからお前のことしか考えられなくなったんだよ!それに、告白とかそういうのは、お、男が言うもんだろうが!!」
 顔を真っ赤にさせて燐が言うものだから、こっちまで恥ずかしくなった。私のことしか考えられなくなったって何、期待なんて持たせないでよ。
「もういいよ、告白はなかったことにして。取り柄のない女を好きになってもしょうがないし。」
「ハァッ!?それこそマジでふざけんじゃねえぞ!つか取り柄がないって何なんだよ!」
「そのまんまだってば。‥‥もう頼むからこれ以上傷口を抉らないで。」
 俯くと首が痛かった。こんなつまらない女の顔を見られたくなくて痛いのを堪えて俯いているというのに、燐は両手で頬を包み込むようにして顔を上げさせた。射竦めるような鋭い目ではなく、真剣で優しさを含んだ眼と視線がかち合う。
「サタンの息子の俺を好きになってくれたところ。」
「‥‥?」
「俺を俺だと思って見てくれる、当たり前のことが出来るのはお前の取り柄だろ。」
 未だに燐の言葉を咀嚼出来ない私を置いて燐はさらに言葉を紡いで「お前が告白取り消すならそれでいいけど俺にきちんと言わせろ。」と言うと一つだけ息を吸い込んだ。
「俺のことが好きなお前が好きだ。」
 こんな至近距離でそんな格好いい顔で言うなんてずるいよ、燐。私の方が燐を好いてるのに。でもそれを伝えるのは私の取り柄がもっと増えてからすることにして、今は大好きな燐と口付けを交わすことにする。



魔法瓶に勇気をつめて/20110619
企画サイトblue×blue様に提出