私のいた時間よりも私のいない時間を愛してください | ナノ


 ――届かない。
 歩いているだけで、話しているだけで、眠っているだけで―――其処に存在するだけで、きらきらと眩しい輝きを放つ時期はもうとっくに過ぎてしまったらしい。油絵で何度も塗りつぶした様な冬の重苦しい空と自分が妙にマッチしていて笑えてくる。なんて、滑稽な有様なんだろう。

「ねえ、」「早く早く。」
 ぐいぐいとご丁寧に上着の袖から覗くセーターの袖を引っ張って、自分たちの倍以上有るオレの身体を前進させようとする。袖や裾が伸びてしまい、自分の仕事の性質上使いにくくなってしまったセーターたちは皆こいつ等の所為でお蔵入りになってしまった。どうやら今来ているセーターもその仲間に入るらしい。
「おい、服を引っ張るのを止めろ。それから、何処に行くつもりなんだ。」
「知らないよ。」「ソウが知ってるんじゃないの?」
「はあ?」ずり落ちてきたマフラーを口元まで持ち上げる。「どういうことだ。」
「だって、」「そう言ってたよ。」
「誰が」
「[番の実姉かもしれない人――W番のひとだっけ、その人が、」「Y番が面白い所に連れてってくれてるって。」
 訝しんでいた顔の眉間に、自然としわがよった。尋の奴め、はめやがって。ちっと気付かれないように小さく舌打ちして、未だに裾を掴んだまま話さない二人を同情の眼差しで見つめる。可哀相にな、肩書きが大きすぎるのも世の中生きていくのは不都合だろうに。
「ねえ、」ぐい、と左袖だけが引っ張られた。「ボク達がカミサマだから守るために爽もここに居るの?」
「はあ?」
「だって、僕等が守られていれば世界は安定するものね。」「ボク達があの水槽の花たちを適度な量で切ってい続けて、新しく出てきた芽を育てて。」「その花と同じだけ人が適度な量で死んで新しく生まれて、」
「ストップ。」
 制止の声を出すと、こちらを見上げていた顔がだらしなく下を向いて、二人同時に掴んでいた裾を離した。
 重苦しい天候で気分がいつもより沈んでいるのに、ヒトの生死に関わる話など聞いていたらもっとしんどくなる。それに、いきなり如何したんだこいつらは。
「何でそんな話になってんだよ。」
「だって爽の顔が、」「凄く面倒臭そうに見えたから。」
 失敗したな、露骨に表情を出すんじゃなかった。ガキっていうのはこういった変化に酷く鋭い。
 軽く溜め息を吐いてから中腰になって双子と同じ位の高さに身長を合わせると、地面に向いていた視線が持ち上がり、透き通った無表情な瞳と目が合った。
「言って置くけどな、オレはお前らのために居るんじゃねえよ。いくらお前らが神様であったとしても、オレはオレの為に居るんだ。勝手にお前らのためにしてんじゃねえ。」
「‥でもね、」「爽を作ったのはボク達だから。」「ソウの花を切ってソウの命を尽きさせるのも僕達だから。」「それでも、自分の為だって言える?」
 ばつが悪いのか伏し目がちになりながら、重く溜め息を吐く。双子だからってそんな所まで同調しなくていい。
 がばっと思い切り立ち上がって、二人の細っこい腕を掴んで早足で歩き出す。オレの履いている冬用のゴツイ靴が整備されたレンガ調のアスファルトと当たる音と、双子が必死で速さに追いつこうとしながらバランスを取ろうと、待ってよ、だの、早いよ、だの言っている声が道に響いた。
「ウィル、お前はいい加減もっとガキらしく笑え。イフは女の子なんだから“ボク”じゃなくてちゃんと“私”って言え。」
 まだガキの癖に神様だからって一丁前に色々考え込むな。お前ら神様がそんなんじゃ、この先俺たちいくらお前らを守ったって、今の世界のまま変わり映えも何もしないじゃねえか。二人を見ると、いつもと変わらない無表情のまま。ただ、雰囲気が少し変わった。それでいい、まだガキなんだから、それでいいんだ。まだただの子供で、今居るだけで輝いていられる、一番眩しい時期なんだから。
「これから楽しい所に連れてってやる。だから、四の五の言わずに着いて来い。」
 オレが、お前達の命も守れて輝きも引き出せて、尚且つ自分の為に生きれるのなら、それ以上のことは願っていない。
 ぎゅう、と左右で違う握力で手を握ってきた。顔を見てもきっとウィルとイフの意図は分からない。ウィルとイフ、未来形と仮定形。神様も未来は選べない、所詮力を与えられただけの人間。だったら、自分の今を考えろ。他人のことなんて今は如何だって良い。
 最期というものは、残酷故に美しいのだから。





バットエンドホラー
最期は結局何処も同じ。
違いは涙が多いか少ないか、或いは無いか、ただそれだけ。


20091214