私のいた時間よりも私のいない時間を愛してください | ナノ


 私は自分で言うのも気が引けるのですが、コンプレックスの塊です。この喋り方や賢さ・見た目・性格はおろか、自分の内を流れる赤い体液や臓物にすら自信が持てないのです。そんな中でも一番自信がなくて嫌いなのが私の声です。甲高くてべたべたと纏わり付くような、鬱陶しい私の声が私は大嫌いなのです。
「なあ、俺とお話ししようや。」
「“いいよ?”」
「ちゃうちゃう、そーゆーんやなくて、声に出してお話ししようや!」
 どうして声を出さなくてはいけないのでしょうか。筆談でもお話は出来ます。むすくれた顔を志摩君にして差し上げれば「そんな顔も可愛えなあ!」と女の子のようにキャッキャと喜ばれました。
「“どうして私なんかと話したいの。”」
「どうしてって‥‥まだ喋ってないん自分とだけやねんもん。」
「“女の子の中で?”」
「せやで!」
 志摩君は本当に女の子が大好きなんですね。もうその笑顔が素晴らしく輝いていて、なんだか朝日を浴びて灰になるドラキュラの気分を味わえます。それと一緒に、胸に億の針を浴びせられたような気分も。だって私は志摩君が好きなのです。志摩君が好きなだけで、彼女ではないのですけれど、好きな人が他の女の子について喜んでいたら、誰だってそんな気分になると思います。
「“志摩君が一生彼女を作らないのなら善処するよ。”」
「えええ!?」
 志摩君なんて私の言葉に慌てふためいていればいいのです。両腕で頭を抱えて背中を反らしたり腰を捩じれさしたりして、体全体で悶えている志摩君を見ていると自然とそう思いました。だって志摩君は、私とお話ししたいなんて言う癖に、私だけを見ているように錯覚させる癖に、沢山の女の子と仲良くするのです。思わせぶり、と言えばよいのでしょうか。そんな思わせぶりな志摩君がどうしても好きな私は本当に馬鹿なのだなあ、といつも思うのですが。
「なあ自分、俺のこと嫌い?」
「“どうして”」
 驚きました。私は好きな人に嫌いだと勘違いさせているのでしょうか。筆談しているので声を出して話すように動揺が表立つことはありませんでしたが、シャープペンシルを握る手が少し震えたのは気のせいではありません。
「そないに俺と喋りたくない?」
「“そんなこと無いよ。”」
「じゃあ何で?」
 志摩君が飼い主に構ってもらえなくてしゅん、と尻尾と耳を垂れさせた犬のように見えました。
「“声 嫌いなの。”」
「自分の?そんなん俺は好きになれる自信あるで!サタン倒すて坊や奥村君がが言うくらいに!」
「“すきなひとに自分が嫌いな声を聞かせたくない。”」
 勢いで書いてしまった言葉に恥ずかしくなってスケッチブックのページを慌てて捲ろうとしたら、志摩君は私からスケッチブックをひったくって読んでしまいました。恥ずかしさとふられる、といった感情が私を支配して泣きそうになりました。見られたくなくて俯くと、志摩君はスケッチブックを私に差し出して言いました。
「好きな人が聞きたい言うてんのに、聞かせてくれんの?」
「“喋り方がこんな風に、書いてる文みたいな明るい喋り方じゃないの。暗いの。”」
「気にせえへん!」
 やって俺は自分の声が聴きたいんや。だなんて、そんなこと言うなんて、ずるい と、ずるいと思うのです、私は。だって私はあなたに恋慕しているから。私はあなたに懸想しているから。あなたに好きになってもらいたいと思っているから。
 遠くに抛られたスケッチブックを私が使うことはもうないでしょう。志摩君が私の嫌いな私の声を、好きになってくれると言っているから。
「志摩君が 好き です。」
 そう言った時の私の緊張して上ずった声は勿論のこと、志摩君の嬉しそうな笑顔を私は忘れません。というか、忘れられません。だって私の一方通行だと思っていたのに、本当は双方向だったのですから。

「奇遇やな、俺も自分のこと好きやで!」



カフェオレの渦に飛び込めば/√A
20110605