私のいた時間よりも私のいない時間を愛してください | ナノ

 好きって言えない。
 嫌いじゃないしむしろ大好き。「好き」と言うことは恥ずかしくもない。なのに、まるで それを蔵ノ介に言おうとした瞬間だけ口が縫い合わされたようになってしまう。梅干を見たら反射で唾液が出てくるのと同じくらいスムーズに口をぴっちりと閉ざしてしまう。憎まれ口だったらいくらでも叩けるのに。私って天邪鬼だ。

「どないしてん。元気ないやん。」
「別に何でもない。」
 親切心で優しく尋ねてくれた蔵ノ介にきつい口調で返してしまった。心配してくれてありがとうって付け足せ、時間がかかったっていいからちゃんと言ってよ、今ならツンデレやなあとか何とか言って笑ってくれるのに、何で私の口は閉じちゃうの。
 ぽんぽん、と蔵ノ介の大きな手が私の頭を撫でた。
「言えるようになったら遠慮せんと言いや?」


 嫌いじゃないしむしろ大好き。「好き」と言うことは恥ずかしくもない。なのに、まるで それを蔵ノ介に言おうとした瞬間だけ口が縫い合わされたようになってしまう。梅干を見たら反射で唾液が出てくるのと同じくらいスムーズに口をぴっちりと閉ざしてしまう。憎まれ口だったらいくらでも叩けるのに。口を閉ざしてしまうときは、そう いつも言ってはいけないと思ってしまう。

「蔵ノ介。」
 たくさんの女の子に囲まれている蔵ノ介を、わざと小さな声で呼んでみた。もう大分暗いのにたくさんの黄色い声は私の耳を突き刺しながら心臓まで届く。呼んだ後に少しの希望を持ってこちらに振り向くのを待ってみたけど、気付かないのが当たり前なのでくるりと踵を返して教室へと戻るために下足室へ向かう。


 嫌いじゃないしむしろ大好き。「好き」と言うことは恥ずかしくもない。なのに、まるで それを蔵ノ介に言おうとした瞬間だけ口が縫い合わされたようになってしまう。梅干を見たら反射で唾液が出てくるのと同じくらいスムーズに口をぴっちりと閉ざしてしまう。憎まれ口だったらいくらでも叩けるのに。幼馴染みじゃないけど親友同士って、同じくらいもどかしい。

 上履きに履き替えて、放課後で人が少なくなった廊下を歩く。ひとりぼっちの私の影が暗くなった周りに同化しながら廊下の端まで伸びていた。
「どないしたん。」
 急に肩を掴まれて体が無意識に大きくはねた。心拍数の増えた心臓を落ち着かせて振り返ると、蔵ノ介がいた。いつの間にか上履きにも履き替えている。振り返った私の顔を見て蔵之介は綺麗に笑った。
「ああ、堪忍。そない驚かせた?」
「あ、当たり前やろ!びっくりして心臓吐き出すところやったわ!」
 ははっと蔵ノ介の乾いた笑いが廊下に響いた。そんな細かな仕草まで格好良いなんてずるい。蔵ノ介はいつも陰で努力しているから「完璧」と言われることを嫌うけど、今くらい僻んで「完璧」と言ったっていいよね。
「で、なん?」
「そっちこそ、なんなん。」
「だって呼んだやろ?」
「‥聞こえとったん。」
「やって“蔵ノ介”て呼んだやん。」
「呼んだけど、聞こえんように呼んだから分からんと思っとった。」
“気付いてくれてありがとう”は口から出せなかった。恥ずかしくもなんともないのに。言いたいことを言うのが私の取り柄なのに。言えなかった代わりに、首をほんの少し傾げている蔵ノ介に手に持っていたノートを渡す。
「ノート返しに行っただけや。ありがとな、助かったわ。」
「なんや、返すくらいいつでもええのに。」
「明日その教科あんねんで?蔵ノ介いっつも予習復習しとるから要るやろ。」
「これ、俺が気付かんとおったらどないして返すつもりやったん?」
「部室の方行ったらテニス部の誰かおるやろから、頼もうと思ってた。」
 ふーんと、表面でだけ納得した返事をされた。じゃあ、と一言言って教室へ荷物を取りに行こうとすると蔵ノ介も後ろをついてきた。
「部活行かんでええん?」
「暗いから家まで送ったる。」
「ええー、別にええし。」
 嫌そうな顔をしたのに、蔵ノ介は気にも留めずに私の隣に並んで教室まで歩き出した。これ以上蔵ノ介といたら、言ってはいけないと思っているあの言葉を言ってしまいそうで怖い。


 嫌いじゃないしむしろ大好き。「好き」と言うことは恥ずかしくもない。なのに、まるで それを蔵ノ介に言おうとした瞬間だけ口が縫い合わされたようになってしまう。梅干を見たら反射で唾液が出てくるのと同じくらいスムーズに口をぴっちりと閉ざしてしまう。憎まれ口だったらいくらでも叩けるのに。「好き」と言うことは恥ずかしくないけど、その後が怖くて仕方がない。

 机の上に置いていた鞄を取ると、窓からテニスコートが見えた。あれ、誰もいない。
「部活終わってんで?」
「今日は早く終わってん。せやから名前が呼んだ時には終わっとったで。」
「やから送るなんて普段言わんこと言うたんやな。」
「それはちょっとちゃうわ。」
 蔵ノ介の影が私に降りかかる。机の上に添えるようにして置いていた私の片手に、蔵ノ介の大きな手が重なる。
「なあ、俺名前のこと近くで見てたから分かっとるつもりや。」
「なにを 」
「名前が悩んでる原因は俺やろ。」
 ずい、と顔を近づけられて少し身を引くと逃がさないとでも言うように、重ねられた手が握りしめられた。蔵ノ介の目は真剣で、視線だけで答えさせようとしているみたいだ。
「‥‥‥せやけど、ちゃう。蔵ノ介のことでやけど、それについての自分の意気地無さのことや。」
 蔵ノ介の視線に答えたから俯くと、まだ答えさせたいことがあるのか、蔵ノ介は空いている手を私の顎に添えて上を向かせた。
「俺のことって何や。」
「‥ッそれが言えたら苦労してへんやろ!」
「何で。」
「っああ〜、蔵ノ介に言いたいことがあんねん!でも言うたらアカンて思ってんのや!」
 取り乱してわめく私とは正反対に蔵ノ介はさっきからずっと変わらずに私を見つめている。
「ほな、俺が代わりに言うたるから名前は行動で示してみいや。」
「はあ!?」
「名前が好きやで。名前は俺に告白したらアカンて思ってたんやろ?」
 取り乱してわめいて熱くなり過ぎな私の頭が一気に冷えた。目を見開いていくたびに泣きたい気持ちにとらわれた。どうして蔵ノ介は全部分かってしまうのだろう。気付かれたくなくていつものように振る舞っていたのに。私の考えを読み取ったのか蔵ノ介は「あんなに普通にされたら逆に気付くわ」と言って私の顎に添えていた手を下ろした。泣きそうになった私は、俯く。
「蔵ノ介、」
 そろりと蔵ノ介のジャージの裾を掴む。泣きそうな声は押さえつけて、さっきよりももっと小さな声で呼ぶと「ん?」と蔵ノ介は反応してくれた。俯いた頭を支えにして蔵ノ介にもたれかかる。
「蔵ノ介、蔵ノ介、」
 私が小さく呼ぶたびに返事をしてくれる蔵ノ介に、それよりももっともっと小さな声で好きと一度だけ言えば一瞬だけ体を揺らした。もう一度だけ名前を呼ぶと痛いくらいに抱きしめてくれた。そうしたら今度は蔵ノ介の番で、私の代わりに 私が蔵ノ介の名前を呼んだのと同じくらいきつく抱きしめながらこう言ってくれた。
「好きや」



一度に二つのことは出来ないから、ふたりで半分こにしましょう?/20110516