私のいた時間よりも私のいない時間を愛してください | ナノ

 理想の女の子像は可愛くてふわふわした砂糖菓子のような女の子。ふんわりとした明るい色の髪は内巻のショートボブで甘いものが似合って、レースやフリルがたくさんついた可愛らしい洋服を着こなせる女の子。男の子たちから守ってあげたいと思ってもらえるような、そんな女の子が私の理想。
 そんな理想を持つ私は長い真っ黒な髪を地面に向けて一直線におろしている。理想よりも恥ずかしさが勝ってレースやフリルの付いた服は着ないから服は少しお固めのものが多い。甘いものは好きだけどこれも人前ではイメージと違うといわれるのが恥ずかしいし怖いから食べない。性格はやや男勝りで毒舌。皆からのイメージはよく言ってクール。普通に言ってそこら辺を歩いている人。顔はオブラートに包まなければ不細工までいかないけど可愛くない、中の下・下の上といったところ。つまり、私は理想の女の子像と真逆なのだ。
 そんな私にも好きな人がいる。同じクラスで仲がいい忍足侑士。たまに変態臭いけど、はっきりものを言えるから楽にしていられる相手で、一緒にいて楽しい。そんな忍足は隣のクラスにいる私の親友(私の理想のタイプ)と何やら話している。ぼうっとそれを見ていると二人はひらひらと手を振りあって女の子は廊下に出て行った。話を終えた忍足はこちらに来て私の前に座り、お弁当を取り出した。それに倣って私もお弁当を取り出す。
「さっき何してたの?」
「ちょっと相談に乗ってもらっとってん。」
「‥‥好みの下着の色とか聞いてたの?」
「何で自分俺を変態みたくしようとすんねん。ちゃうわ。」
 お弁当を食べながら「忍足とか変態じゃん」と言うと忍足はため息を吐いた。すみませんね、こう言ってふざけていないと恥ずかしくって仕様がないんだよ。可愛くない。まあ、これもご愛嬌ってことでいつものように放っておいてくださいな。
「好きな子がおんねん。」
「へえ、初耳。年上のオネーサマ?」
「ちゃうわ。まあ、その子をどうやったら振り向かせられるか聞いとってん。」
「ふーん。」
 忍足に、好きな人。平静を装って見せたけどきちんと装えただろうか。まあ、忍足は今「俺変態ちゃうのに」「真面目に悩んどんねんで」など、ぶつぶつと零していたから問題はないと思う。お箸を箸ケースに戻して風呂敷の端と端をきゅっと結ぶ。
「ご馳走様でした。」
「自分食べ終わるん早ない?」
「忍足ほど食べないから。今少し減らしてるし。」
「食べな死ぬで。」
「大袈裟でしょ。運動してないからこれ位が丁度なんだって。」
 それでも納得できないのか、少ない少ないと言ってくる忍足のお弁当だって私から見れば運動している男子にとっては少な過ぎると思う。忍足は今以上に痩せようとしているのだろうか。すると何かを閃いたのか、真ん丸な伊達眼鏡の奥にある瞼が少し持ち上がった。自分のカバンの中から何かを探し出す。
「あったあった。ほれ。」
「‥なに、これ。」
「何ってクッキーやけど。」
「ファンからの差し入れじゃないの、これ。」
「ちゃうちゃう。部活の後の糖分接種に食べ言うて姉ちゃんからもろたんや。」
「ふーん‥‥。お姉さんからのとか貰いづらいんだけど。」
「気にせーへんから食べ。自分餓死すんで。」
 クッキーが入った紙袋を押し付けられる。忍足が睨みを利かせていたので、しぶしぶ紙袋からひとつ取り出して食べる。口内にクッキーの甘さと紅茶の味が広がった。紅茶味ってなかなかお洒落なクッキーだなあ。流石忍足のお姉さんと言ったところだろうか。もぐもぐと口を動かしてクッキーを咀嚼していると、忍足が笑った。
「なにキモい。」
「自分本間口悪いな。」
「人が食べてるところを見て笑ってくるから‥‥。」
「可愛えなあ思てん。」
「っは?」
 こいつ頭がイカれたのだろうか。手から零れ落ちそうになったクッキーを忍足がキャッチする。ありがとうと言うとどういたしましてと一緒にまた気持ちの悪い笑顔がプレゼントされた。ネジ、床に落ちてないのかな。
「あの子の言うとったこと本間やったわ。」
「さっき話してた私の大事な親友のことでしょうか。」
「そう。」
 忍足の笑顔が消えないんだけどあの子何を話したんだ。私にとって不利になることな気がする。あの子にはいろいろ打ち明けてるから、何かばらされていたら恥ずかしくて、今後自分が息をしていると思えない。
「本間は甘いもん好きやねんな。」
「え。」
「毒吐いたりせえへん女の子になりたいんやろ?」
「えぇえ、な、なな、に、を 。」
「そんなんせんでも俺は名前のこと好きやで。」
 手からクッキーが入っている紙袋を机の上に落としてしまった。「充分守ってあげたくなるタイプやしな。」って、忍足なんでそこまで知ってるの。あの子なんでそんなに言ってるの、なんでこのこと教えてるの。なんで私あの子にこのこと教えたの、ばか。混乱して頭の中がぐるぐるとまわりだした。やばい、絶対顔赤い。なんでかさっきまで気持ち悪いと思っていた忍足の笑顔が格好良く見えてきた。恋は盲目っていうレベルじゃないでしょ、これ。
「俺ら付き合わへんか。」
 恥ずかしいから机に額を乗せて俯いていると、忍足の低音エロボイスが耳元でそう囁いた。


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bgm 初音ミク
20110417