私のいた時間よりも私のいない時間を愛してください | ナノ

 目の前でにやにやと口元を緩めまくった仁王が鬱陶しい。「それでええんじゃな?」「ったりまえだろい。」仁王には絶対負けねーし。俺絶対お前よりあの子のこと分かってっから。吐き出しはせずに心中で転がすと仁王はさっきよりももっと緩みまくった顔になっていた。まじうぜぇ。

 俺には好きな子がいる。最初はお菓子くれるいいやつ、っていう印象しかなかったのに毎日喋っていたせいか、俺はいつの間にかその子のことが好きになっていたらしい。「ブンちゃんずっとあの子のこと見とるのぅ」と仁王に言われるまで気が付かなかった。まさかと思って試しに観察してみたら凄ぇ可愛いって感じていることが分かった。気配りもできるいいやつってことも分かったし、努力家だったし、といった具合に色々見つけていくと、なんつーかそこら辺の女子と違う感じがした。くそ、いつの間に惚れてたんだよ俺。何で気付かなかったんだよ俺。仁王に指摘されるとか最悪。
 片思い期間が長いと周りに気付かれ易いらしく、何故かテニス部のレギュラー全員がこのことを知っていた(仁王はバラしてないらしい)(ちなみに真田は論外だ)。そしてつい先日、幸村君にいい加減告白しないと俺だけ練習量を3倍増やすと脅されてしまった。告白とか苦手な俺にとってそれは大分ピンチだ。どうしようか悩んでいると仁王があの子も俺のことが好きだとほざいてきた。信じられなかったので(だってこいつ詐欺師だし)俺が告白してもしもOKがもらえたら1週間昼飯を奢るが、NOだった時はその逆という賭けをすることになった。
「ええなブンちゃん、勢い余ってキスするんは一番アカンのじゃ。分かっとうな?」
「うっ、分かってっけどないとは言い切れねえ‥(可愛んだもん)。つか、お前からの助言とかいらねえし!」
「好意じゃと思って受け取るもんじゃ(というか重症じゃな)。やったらブンちゃん殴られるぜよ。」
「いや、名前だったらダッシュで逃走だろい。」
「これも賭けに乗せてええか?」
「もう一週間加算な。」
「ええよ。」

 くそ、OKもらえたら嬉しいけど一週間も奢るのは財布が痛いぜ。あー、やっぱ一週間加算はやめようかな、でも殴ったりはしねえだろ。羞恥で屋上エスケープはよくやってるからあり得るけど。
 ガムを膨らませながらごちゃごちゃと考えていると仁王が突ついてきた。「こっち来たぜよ。」ちらりと後ろを見るとまっすぐこっちに向かってくる名前がいた。やべえ。心の準備が、うわ、俺、今かっこ悪い。心臓すげえ働いてるし。
「あれ、丸井どうしたの。顔怖いよ?」
「あー‥、うん。」
「え、なに。本当にどうしたの。」
「準備がまだなんじゃ。そっとしきんしゃい。」
「なんの準備‥?」

 少しだけ困惑の混じった心配を顔に浮かべて覗き込んでくる名前。ちょう可愛い。まだ心臓はドキドキしてっけど、さっきまでのおたおたした気持ちよりはマシだ。さっきより格好良いぞ。いけ、俺!と自分を鼓舞させて口を開いた。
「名前、」
「なに?」
(お、ここでかブンちゃん)
「俺 名前のこと好きだぜい。」
「‥‥っは、?」
「‥なんだよ、その顔。」
「‥‥‥うそぉ。」
「嘘じゃねーし。」
(名前酷いのう。お、顔赤くなってきてるぜよ)
「ええええ、嘘嘘、うそ、冗談でしょ‥‥。」

 視線を逸らした名前にいら立ちがこみ上げた。なんなのこいつ。俺の告白を嘘とかまじありえねー。むかつく。嘘だ嘘だ言いながら顔赤くしておたおたしてんのもむかつく。表情が険しくなっていたのか、仁王に口パクで落ち着けと言われた。落ち着けるかっての。むかつく!
 いら立ちが最高潮に達した時、俺は無意識に名前の腕を思い切り自分の方に引いてキスをしていた。触れるだけのキスだったが、それでもキスだ。仁王の呆けた顔が見える。やっちまった。
「‥冗談でこんなことしねえからな。」
「‥‥‥‥、」
「おいブンちゃん、」

 仁王が椅子から立ち上がろうとした時、名前が口元を腕で覆いながら思い切り後ろに下がった。机とぶつかって派手な音がたつ。え、これ殴られるパターンか?この距離って間合い?顔が赤いから屋上エスケープか?ちら、と仁王を見ると仁王もどちらか予測が出来ていないようだった。頼むから屋上エスケープにしてくれ。そしたら追いかけてもう一回ちゃんと告白するから。
 名前が方向転換した。やっほお!屋上エスケープ!すると名前は真っ赤な顔のまま教室の窓を全開にすると柵を乗り越えようとした。‥‥‥‥‥‥は、


FLYING!!
(ちょっ、待て!)(落ち着くんじゃ!!早まっちゃいかんぜよ!!)
(うあああああ、無理もう耐えられない恥ずかしいいいいい)


20110416