私のいた時間よりも私のいない時間を愛してください | ナノ

「っくしゅ!」

 隣で孝介がくしゃみをした。この間までのように、ひどく冷え込む日は減ったけどそれでもまだ少しだけ肌寒い日が続いている。手袋は片付けたけど、まだカーディガンは片付けなくてよかったと思っていると孝介はまたくしゃみをした。
「どうしたの、風邪?花粉症?」
「分かんねー。埃とかかもしんねえ。」
 孝介が鼻をすする。びゅう、とタイミングよく(悪いのかな?)風が吹いた。慌ててスカートを抑えると「誰もお前のスカートの中なんか見ねえよ」と鼻で笑って馬鹿にされた。
「失敬な!田島なんかこの間一生懸命だったよ!」
「見ないようにすんのに?」
「違うわ!」
 まったく、孝介にはデリカシーってものがないのだろうか。いくら名前で呼び合う仲(ただ仲が良いだけ)だからとはいえ、ひどいんじゃないの。こう見えても女の子なんだからね!そういえば、「お前女だったの」ともともと大きな目をもう一回りくらい大きくさせて、本当に驚いたとでも言うようしたから鞄を振って叩いた。

「もしもゲームしようよ。」
「は?」
 お馬鹿な泉クンは朝練が休みなのを忘れて学校に来てしまったらしい。私は普段遅刻ギリギリのため、お母さんに追い出されてしまった。たまたまその2つが重なって道で出会ったから、今こうして早朝の冷えた教室に二人きりでいたりする。
 孝介の前の席の椅子を孝介の方に向けて、やっていない宿題を広げたのは大分前な気がする。孝介の机の上に広がっている宿題はやるために広げてあるけど、進む気配はない(というか、やる気が起きない)。とても暇である。
「えーと、もしも今が夏だったら!」
「勝手にしてろ。」
「こーすけつまんねー。」
 唇をとがらせてあからさまに不服な顔をしたけど、孝介はそれを気にも留めないでケータイを弄りだした。相手にされない寂しさに浸らないようにわざと声に出してもしもゲームを始める。えっとねー、まず一番大事なのが孝介の試合見に行くことでしょ、それから中学からの約束だから甲子園に連れて行ってもらうこともで、あ、夏までにヘタレこーすけに彼女がいたら、連れてってもらうのはその子に譲るとしてだよ?まあ、それよりも早く私に彼氏ができるだろうけどね!あ、夏だし彼氏がいるんなら一緒に帰りにアイス食べたいなあ。あと海とプールにも一緒に行って、スイカ割りも一緒にしたいかも。そうだ、アイスにスイカならかき氷もでしょー‥‥‥あー、なんか想像してたら暑くなってきたかも。
「お前、それもしもゲーム?」
「お題がもしも今が夏だったら、でしょ?もし夏だったらで言ってるから、もしもゲームだよ?」
「もしもゲームっつーより、欲望ゲームだろ。」
「失礼な!」
 孝介って本当デリカシーがない!今度はぷくりと頬が膨らんだ。さっきと違うのは、本当に頭に血が上って無意識に膨らんだところ。声にだしても聞いてくれないと思っていたのに、聞いてくれていたんだと思って少し舞い上がった自分は馬鹿だ。
 朝早くに家を出されても悪態をつかなかったのは孝介に会えたからで、教室に二人きりなことに喜んでいるのも相手が孝介だから。ねえ、私、起きてからの短い時間でどれだけ表情が変わったか分かる?全部孝介が相手だからなんだよ。孝介が好きだからなんだよ。彼女ができたら甲子園譲るなんて、できる自信ないよ。気付いてよ、‥‥‥なんてね。告白もしないで気付いてもらえるわけがないじゃん、私のばーか。あー、沈んできた。
 はあああ、とため息をついて額を孝介の机に乗せる。もー、朝から孝介に会えたからってテンション上げすぎた自分は本当に馬鹿。
「おい、そんな傷付くか?」
「つきましたねー。早起きさせられてる分、余計に。」
「あっそ。」
(何なんだお前!腹立つ!聞いてきた癖に!どーせまた頭の上ではケータイを弄っているんでしょーね!ケータイなんか見てるからそんな風に淡白な受け答えしかできないんだぞ!!)
 すると、ケータイが閉じられる音がした。あれ?と思っていると頭を突かれる。
「いつまで俯いてんだよ、顔上げろ。」
「泣きそーだから嫌です。」
「は、」
「うっそー。」
 へらっと笑ってみせると不機嫌そうな孝介の顔があった。ごめん、嘘。本当は泣きそう。
「あのさー、」
「なに。」
「田島に見られたのか?」
「は?何の話?」
「スカート。」
 ああ、あれか。それ道で話したことじゃん。今話されてもすぐに思い出せないって。あーあー、そんな怖い顔しないでよ、見られてないって。そう言うと孝介の顔が少し緩んだ。なんで。
「女として見てなかったんじゃないの。」
「あー、うん。」
「オイ。」
「もう一個質問。」
「なに。」
「何でお前に名前で呼ばれること許してるか、分かる?」
 なにそれ。もしもゲームから話が逸れていってるじゃん。孝介が早くとでも言うようにトントンと机を叩く。
「‥‥‥中学の頃から一緒で、私が男っぽいから。」「違う。」「即答!?」孝介は何がしたいの。
「‥田島も田島以外からもスカートの中守ってやるしさー、」
「へ?」
「アイスもスイカもかき氷も一緒に食ってやるし、海もプールも連れってってやる。買い食いだって一緒にしてやるからさ、」

「俺に彼女ができるよりもお前に彼氏ができるよりも先に、俺と付き合って。」




     

  

(夏みたいに暑い)

駆け抜ける、夏さま提出

20110327