私のいた時間よりも私のいない時間を愛してください | ナノ


「可愛いね。」

 頭だけを後ろに向けると、いつもの様に白いマフラーを巻いた吹雪くんがいた。
「何が?」
「君だよ。」
「どうして?」
「丸まって、小さくなってるから。」
 気分が悪くなって、薬品の臭いが充満する保健室に来たのはさっきの授業中。
 二つある内の片方のベッドは、シーツが洗濯中だったから窓際のベッドしか空いていなかった。窓際で充分寒いのに、保健教諭が換気をしましょうと言って、窓を開けたから体を温める様に小さく丸まっていた。
 そこに吹雪くんが来たのだ。
「‥じゃあ、僕そろそろ行くね。授業始まっちゃうし。」
「元々様子見だけだったし」そう言って、有り難いことに窓を閉めてから教室に戻ろうとした吹雪くんの背中に、小さく声を掛けてみると「何?」と小首を傾げて振り返る。嗚呼、君の方がよっぽど可愛い。
「私だったから良かったけど、そういうこと、あんまり他の女の子に言っちゃ駄目だよ。」
「そういうことって?」
「だから、可愛いとか、好きだよとか、女の子が言われて悪い気分にならない言葉。その気が無いのに、勘違いされたら困っちゃうでしょ?女の子って、凄く怖いから気をつけなきゃ。」
 女の子って本当に怖いんだよ。嫉妬深くて、いつもそわそわして、被害妄想しちゃったり、ちょっと仲のいい子だからって八つ当たりしたり。私だって現在進行形で表情は笑ってるけど、心の中じゃその言葉を吹雪くんに本気で言われる人を羨んでる。
「どうして君だったらいいの?」
 不思議そうに吹雪くんが訊いて来る。
「だってわたし、何言われても気にしないもん。」
「それ、ただの自己犠牲で満足してるだけじゃないの。‥皆は君のそんなところを優しいとか言っているけど、それは優しさじゃないよ。」
 にこっと笑って返すと、吹雪くんから冷たい一言。それに追い討ちをかけるかの様に、いつもより大きめの音でチャイムが鳴った。
「え、」
「酷いこと言われてもその子がすっきりするならいいとか思ってるんでしょ?」
「だって、私が聞くだけでその子がすっきりするならいいじゃん。」
「‥‥じゃあ、仮に本気で君のことが好きな奴がいて、そいつが君に可愛いとか、好きだよとか言っても、君は本気にはしてくれないんだね。」
「これは仮の話だけど、そんな子、居ないよ。」
 きっと今の私は酷い笑顔で話している。私がどんどん自嘲気味に笑うのに比例して、吹雪くんの表情はどんどん険しくなっていく。
「そうやって、君は君のことが好きな奴を否定するんだね。」
 ねえ、何でそんなに低い声なの?
「‥‥何で吹雪くんそんなに怒ってるの?」
 気付いたら涙が零れ落ちていた。何故か吹雪くんがぎょっとして、眉根を下げて一歩一歩近付きながら、手を伸ばしてきた。
「‥ごめん。泣かないで。ちょっと言い過ぎたね。僕が言いたいのは、あんまり言葉を流さないでってこと。」
「、うん」
「僕、君のこと好きだから。」
 吃驚して口から出たものが言葉にならずに「え、」という一言にだけなった。
 吹雪くんが言葉を流さないでって言ったからなのか、吹雪くんの言葉がずっとリピートされていると、ふっと吹雪くんは優しく微笑んで両手で頬を包み込んできた。
「ね?君のことが好きな奴は、ちゃんといるから。だから、自己犠牲なんかで満足しないで。」
「‥う、ん」
「授業始まっちゃったけどいいや。温めてあげる。」
 吹雪くんが布団を捲った時にひやりとしたが息が布団の中に進入する。と、同時に上履きをさっと脱いでベッドの中に潜り込んで来る。
「え、ちょっ、」
「くす、顔赤くなってる。意識してくれてるの?」
 目の前に来た吹雪くんの笑顔に心臓が無駄に働いて、どうにかなりそうだ。




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20091107