私のいた時間よりも私のいない時間を愛してください | ナノ

 総悟と私は世間一般にいう幼馴染である。家は隣同士で、幼稚園、小学校、中学と毎朝一緒に登校したし、下校も同じ。お互いの家に泊まったり、一緒にお風呂に入ったことだってある。
 その総悟はルックスが爽やかで、女の子達からそれはもうとてもモテている。私と総悟が親密な関係にあると勘違いされて、いじめられたことも沢山ある。ここで「あれ?」と思った方もいるだろう。はっきりと言って置く。私と総悟は世間一般にいう幼馴染である。それ以上でもそれ以下の関係でもないのである。家が隣同士なのは仕方が無いとして、幼稚園、小学校、中学と毎朝一緒に登校したのは奴の腹黒さを惹きたてる歪んだ微笑に負けていたからである。

「名前、コーラ買って来てくだせェ。」
「嫌だ。」
「買って来いよ。」
「嫌だ。」
 中学までは半泣きで総悟に従うしかなかった私だが、高校に入ってからはなけなしの勇気を総動員させて、やっと総悟と主従関係のような会話ではない、まともに会話が出来るようになった。頑張った自分を褒め称えてやりたい。
「名前の癖に生意気言ってんじゃねィや。」
「うるさい。今まで総悟に屈してきた分、全部返してやるんだからな!」
「名前に出来るとは思えねィでさァ。」
「何だとこのヤロォオオオオ!」
 見下したような、いや訂正する。見下した目をしながら笑う総悟に怒りが湧き上がる。畜生、なんなんだ。昔はあんなに可愛かったのに!
「何言ってんでさァ。俺ァは今も昔も変わってやせんぜィ。」
「いや、昔の方が可愛かった。強いて言うなら、私をいじめるあたりが可愛くない。」
「いじめじゃねェや。ただ名前の人権を踏みにじってその上から踏みつけているだけでさァ。」
「テメェエエエエエ!!」
 拳を構えるポーズをするとどこから取り出したのか、総悟は「おっ、そうこなくっちゃ。」などと喜びながらバズーカを取り出した。バズーカって何だ。初めて見た。じゃ無くてちょっ待て。
「落ち着こう総悟。いくら私の人権をずたずたにしたいからと言ってそれはいけない!」
「名前が悪いんでさァ。高校に上がった途端色気づきやがって。」
「それって関係あんのか!?っていうか、なんか怒ってる!?」
「今まで通り地味に女らしくして目立たなかったら良いんでさァ。」
「お前‥!この性格は昔からだったろが!それにお洒落して何が悪いんだ!」
「うるせィや。」
 形容しがたい轟音がすぐ近くで咆えた。驚いて前を見ると総悟のバズーカから煙が上がっている。コイツマジでやりやがった‥!今が放課後でよかったな、オイ。って言うか私、やばくね?そう判断した瞬間、私は教室のドアを乱暴に開けて廊下に走った。
「鬼ごっこかィ?懐かしいねィ。」
「そんな悠長なことが言えるのはお前だけだァアアア!!」
 左右の耳で総悟のバズーカから放たれる轟音を聞きながら猛スピードで逃げる。あれに当たったらやばい。総悟につかまってもやばい。どっちにしろ危険なので逃げるしかないのだが、猛スピードで走っていたため段々と足が痛くなってきた。総悟との距離が縮まる。

「掴まえたでさァ。」
 壁に追い詰められて、にやりと不気味に笑った総悟と向かい合わせになる。駄目だ、総悟が怖くなってきた。じわりと何かが滲むような感覚がして、ぽたりと涙が零れた。
「何泣いてんでさァ。」
「総悟がバズーカなんて持って追いかけてくるから!」
「逃げる方が悪いんでィ。」
「い、っつも意地悪ばっかりしてくるし!そんなに私のことが嫌いか!!」
 総悟の顔から笑みが消えて、瞳が揺らいだ。すっと手が上がって、直感で叩かれると思い目を強く瞑ると、思い切り頬を伸ばされた。
「そ、そうご、いたっ、」
「誰がいつ、嫌いだなんて言ったでさァ。」
 日が隠れて総悟の顔に影がかかり、表情が伺えない。総悟が考えていることが何も読めない。

「取り消せやィ。」
「なにを‥。」
「俺がお前を嫌いだとかいう憶測でさァ。」
「だって総悟、私のこと嫌いでしょ?意地悪してばっかりだし、」
「何言ってんでさァ。よく言うじゃねィか。」

「好きな子ほどいじめろって。」

 びっくりして涙が奥に引っ込んだ。頬を伸ばしていた手がぐしゃぐしゃと私の頭を撫でる。
「それ、」
「ん?」
「それ違う。」
「別にいいだろィ。」
「良くないって。」
「良いじゃねィか。名前も俺のこと好きなんだから。」
「‥‥私総悟に言ったこと一度もないよ?」
「知ってて当然だろィ。好きなんだから。」
 可愛くないって言ったの、撤回する。撤回して格好良いに代える。総悟がこんなに格好良く見えるのはいつ振りだ。王子様か、こら。
「総悟。」
「なんでさァ。」
「バズーカで追いかけるのは止めて欲しい。」
「‥‥善処するでさァ。」
「あとさ、」
「いくつ言うつもりでィ。」
「つ、付き合って欲しい。」
「‥‥手前ェ、付き合わねェつもりだったのかィ。」
 総悟の眉間にしわが寄ってむっとした顔になる。また怒らせたかな。そう思い「ごめん」と口にしようとした時、唇を塞がれた。

「タダでは付き合えねェでさァ。」
 にやりと笑った総悟は格好良かった。それ、反則。

茨道では靴をはけ

title:星蹴
20110217