そして隊長のメンタルは危険域


この輸送機はどこへ向かっているのだろうか。
ギルはふとそんな疑問を抱いて窓の外を眺めた。

確か目的地は蒼氷の渓谷で、標的はクアドリガ堕天種だったはずである。

嘆きの平原は通り過ぎて、愚者の空母は見送った記憶がある。だが、それ以降同じような道が続き、何だか目的地に近づいている気がしない。

妙な不安感を訴えようと隣に座る同伴者を見る。しかし、


「やっぱり可愛いなぁ。グボログボロ」


携帯端末でデータベースと睨めっこしながら、常人には理解しがたい独り言を堂々と口にするのはフェンリル極東支部所属の特殊部隊ブラッド隊2代目隊長。
又の名を天才と変態のハイブリッド。


「おい、隊長」

「旧代に生息していた象の鼻みたいな砲塔と肥大化した頭部が堪らないなぁ。背ビレと胴体が若干貧弱なのも捨てがたい」

「おい」

「はあ。久々に砲塔から飛び出る噴霧浴びたいなぁ。あのちょっとヘドロちっくで粘性なのがいいんだよねぇ。ローションみたいにイヤらしくてさぁ。ああ、グボロパニックとか桃源郷へ続くヘブンミッションだよぉ」


完全に自分の世界に入ってしまっている隊長にギルの言葉は届かない。

蕩けるような表情を浮かべてグボログボロのことを考えるこの人が自分の上司であり、一部隊の隊長である事実に不安しか感じない。
しかし、こんな成りでも戦力やカリスマ性の高さは、他の追随を許さないのだから、やはり先頭に立つ者は誰も彼も少々特殊なのだろうか。


「話を聞け」

「あでっ」


携帯端末を取り上げて頭を小突く。隊長は大して痛くもないであろう打撃部分を大袈裟に撫でながらギルを見た。
グボログボロのように唇を長く尖らせ、いかにもな不機嫌さを演じる。


「何だよーもう痛いなぁ」

「さっきから同じ場所を迂回している気がするんだが」

「へ?」


隊長は身を乗り出して窓の外を観察する。しかし、データベースに夢中だった彼女にはそこが新鮮な景色なのか巡回された景色なのか判断できない。
見たことあるような、ないような。正直、考えても無駄だった。
これならグボログボロの可愛さについて思考している方がよほど有意義だと彼女は本気で考え始める。

隊長はしばらく考えるフリをした後、「ギルの意見を尊重します」と曖昧で無意味な回答を返した。


「考えてねぇだろ」

「だってー、わかんないし」

「お前なぁ」

「まあ、何とかなるでしょ」



隊長は「グボロタイムの続きしよ」と再びグボログボロの世界へ突入していく。これはまずい。その世界へ入る前に引き戻し、正気を維持させて、この事態が異常だと認識させなければならない。
さすがにこの状況を1人で裁くにはそれなりの労力を有することが予測される。

これからアラガミを討伐しなくてはならないのに無駄に体力を削るのはいただけない。

思い立ったギルはグボログボロの画像が表示されている端末を隊長の手から奪い取った。
案の定、隊長は「何すんの!」とお怒りモード。


「いいか、この状況を打破しねぇとグボログボロにも会えねぇんだぞ」

「はっ!?」


ギルの渾身の一言に何かを悟った隊長は絶望と怒りに満ちた表情で彼を見る。
どうやら目的こそ違うものの同じゴールを目指してくれるようだ。

動機がめちゃくちゃだが、無関心でいられるよりはマシである。
こういう非常事態は彼女のセンスと戦力が大いに役立つ。

なんと言っても、この世界を2度の終末捕喰から救った第一貢献者なのだから。


「グボログボロに会えない人生なんて、ゴッドイーターとして終わってるよ!」

「…そ、そうだろ?」


ギルは心にもない相槌をする。その言葉がいくら本心とかけ離れていようが我慢する。


「いやぁ!脱出しなきゃ!」


拳を握り、勢いよく立ち上がる隊長。ギルの我慢が勝利した瞬間であった。


輸送機は相変わらず道なりに進んでいく。
隊長は揺れる車内を進み、運転席を目指す。一応武器を構えて、ギルはその後を追う。臨戦態勢は抜かりない。

彼らは、運転席と書かれた重たい扉を開ける。


そして、その光景に絶句した。












「オートマトチックドライヤーシステム?」

「オートマチックドライブシステムです」


無線機の先でフランが大きなため息をつく。隊長は頭を抱え、空席の運転席を見下ろしていた。


「で、そのシステムなんなの?」

「コンピュータによる自動運転ですね」


フランは淡々と告げた。
どうやらこのシステム自体はそう新しいものではなく、近頃は5台に1台は無人の輸送機が派遣されているらしい。
もちろん、その動力源はオラクル細胞から抽出されたものであり、アラガミが多く生息する地域ではそのコンピュータシステムが乱れやすいという。

フランの簡潔な説明に乗車員の2人は顔を見合わせる。


「じゃあ、そのコンピュータシステムが可笑しくなって、目的地に着かないってこと?」

「その可能性が高いですね。特にお二人が向かわれている蒼氷の渓谷は聖域近辺ということもあり、オラクル細胞が暴走しやすいものと思われます」

「じゃあ、どうすれば良いのさ」

「そうですね……システム自体を解除してお二人のどちらかが輸送機を運転なさっていただければ、こちらで目的地までのルートを誘導致しますが」


フランの提案に隊長はギルを見る。

前に一度、彼の運転する輸送機に同乗した時、気付いたらアナグラから派遣された偵察班の輸送ヘリに乗っていたことを思い出す。
アラガミと対峙する前にぶっ倒れるとはこれいかに。

その後、スクラップと化した輸送機を別ミッションの移動中に見た時の恐怖感ときたら。

隊長は当時のことを思い出し、身震いした。

それくらい彼の運転は過激でスリリングでデンジャラスなのである。


「運転なら俺が」

「私が運転するよ!」


ギルの言葉を遮り、隊長はフランに運転を申し出る。
まだ自分の命が惜しい。面倒臭がりの隊長からは想像もつかぬ行動力。否、生命力だろう。


フランの説明に従い、オートマチックドライブシステムを解除すると輸送機は緩やかに停止した。
助手席に座るギルは不安そうに運転席を見つめる。


「本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫、大丈夫。なんとかなるから」


とは言うものの、実のところ隊長は運転未経験者であった。しかし、ここで引き下がるわけにはいかなかった。
闘う前にバイタル危険域では笑い話にもならない。


「よっしゃ!じゃあ、いきます!」

「進行方向へ直進して下さい」

「はーいったってあ、はっ、えっ!!」

「どうかしま、」


フランが言い終える前に無線は切れた。通信が切れる直前、聞こえてきた隊長の叫び声と金属の破壊音は、偵察班の輸送ヘリを飛ばすのに十分すぎる根拠となった。















「あー痛い」

「テェメのせいだろうが」



フライアの病室。隣に仲良く並んだベッドで包帯だらけのゴッドイーターが2人。
扉の前には「面会歓迎」という文字の上から「冷やかし歓迎」と書き加えられていた。


「ねぇ隊長!どんなアラガミと闘ったの?凄い強かった!?」

「……」


ナナの純粋な問いかけに「そ、そうだね。むちゃくちゃ強かったよ……」と曖昧に答える隊長。決してナナの顔を見ようとしない。
彼女は未だに隊長とギルの怪我が、大型種と闘った勲章であると信じてやまない。


「だから、私が同行すると言ったのに」

「……」


隊長の右腕兼、親衛隊兼、ストーカーのシエルはリンゴの皮を剥きながらギルを睨む。その鋭い視線にギルは顔を背けるも、背けた先にはニヤニヤ笑うロミオがいた。
扉の前に「冷やかし歓迎」と書いた張本人である。


「いやー驚いたなぁ。まさかこんな姿になって帰ってくるとは」

「…うるせぇ」

「2人も欠員が出ると流石に現場は一苦労だ」

「すまない」


ロミオの軽口には耐えられるが、リヴィの状況報告には素直に反省の言葉が出てしまう。まさにぐうの音も出ない。返す言葉もない。


「何にせよ、2人とも無事でよかったな」


言いたい放題に騒ぎ立てる隊員らを微笑ましい表情で眺めるジュリウス。その様子はさながらブラッドというファミリーの父である。


「一家団欒中、失礼します」


少々、声を荒げながら入室したのは、事故した2人のオペレーターについていたフランだった。
いつもキツめな釣り目がその鋭利さを増したように見える。つまり、なんだか不機嫌そうで隊長は彼女から目を逸らした。

しかし、フランがそれを見逃すはずもなく、わざわざ隊長が顔を背けた方へ歩いていく。
隊長は渋々顔を上げる。彼女と視線ががっちり合ってしまった。


「具合はいかがですか」

「え、えぇ。……おかげさまで」


心配など一切していない顔で言われる気遣いの言葉が胸に深く突き刺さる。傷だらけの背中に嫌な汗が流れた。


「なら、早く復帰してください。どこも人手不足なんですから」

「は、はい。すみません」


隊長は沈むように頭をさげる。フランはフライアの頃から隊長に対する風当たりが強い。
これはこれで仲が良いと認定されているらしく、他隊員たちはこの2人の空気にあまり触れてこない。


「それと、これ。期日までにお支払い下さい」

「お支払い?」


隊長の手に渡された一枚のカード。その紙面に書かれた内容に隊長は目を見開く。
すぐにシエルがその紙を覗き込み、なぜかギルを睨んだ。
その様子でそのカードに何が記されていたのかを悟るギル。


「輸送機の修理代金100000fcの支払いをブラッド隊隊長に命ずる」


ジュリウスが一字一句間違えなく読み上げる。ロミオは声を押し殺して笑いを堪え、リヴィが呆れてため息をつく。
隊長は助けを求めるようにフランを見上げるがフランはその視線を冷たく避ける。


「それでは、失礼します」

「フランさまあああぁぁあ」



極東支部の医務室から悲痛な叫び声が聞こえ、ブラッド隊隊長の逸話がまた1つ、語り継がれることとなった。





*特に意味はない!


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