後悔なら先にしておいた




「隊長、失礼しまひょあああああ!!」


扉を開けた来客がこの世の者とは思えぬ声を上げて絶叫した。廊下の隅まで届いたであろうその奇声は耳の奥で不愉快な耳鳴りとなり、脳を揺らす。

頭を抱えながら来客に目を向けると彼女は顔を真っ赤にして俺以上に頭を抱えて床にひれ伏していた。

相変わらず行動が予測不可能である。


「どうした?」

「たたたた隊長!な、ななな何故に、ヌード、メディタ、ニュ、裸、なのでありますか!」


ご丁寧に四カ国で裸、という単語を強調する辺り、焦っているのか冷静なのか謎である。


「シャワーを浴びていたから、だが」

「は、は、早くお召し物を着用なさって下さい!ブラッド隊副隊長、生涯に一度の願いにありまする!」

「あ、あぁ」


随分と時代錯誤の言葉である。今時、ドラマでも聞かない。

もう何度目かわからない副隊長の生涯に一度の願いを聞き入れ、近くにあったラフなシャツを身に纏う。

このシャツは、彼女を含めたブラッドの隊員達が遅過ぎた隊長就任記念と称してプレゼントしてくれたのだが、普段着として外で出るのは些か躊躇われるデザインだったため、こうして部屋着として活用させてもらっている。

副隊長は床に擦り付けていた額を徐に上げ、警戒心を剥き出しにしたまま部屋へ入る。
しかし、俺の姿を見た途端、ぱあっと弾けるように表情が明るくなった。


「ああ!隊長!やっぱり、そのピクニックシャツ似合ってますよ!」

「…そうか」


ピクニックシャツ。

メルヘンタッチのアラガミとPICNICという文字がデカデカとデザインされた、何とも前衛的でファッショナブルなシャツ。

それがピクニックシャツである。

彼女達が何を思い、俺にこのシャツをプレゼントしたのかは定かではないが、もう少し酌量の余地があったのではないかと思えてならない。

まあ、それでも彼女達が初めて俺にプレゼントしてくれたものに変わりはないからありがたく着させてもらっているわけなんだが。


「それで、何かあったのか?」

「あ、そうでした。これを渡しに」


そう言って彼女が差し出したのは『ギルバート・マクレインの泥酔後に聞かれたブラッドに対する愚痴と寝言とツンデレ発言に関する考察』と表題されたレポートだった。

表題だけでこんなにも読む気を削がれるレポートがこの世にあることに驚くと同時にそんなレポートを書いたのが同じ部隊員の、しかも副隊長であるという事実に胃が痛む。

思わずレポートと彼女の顔を交互に見合わせると副隊長は何とも自信に満ち足りた瞳で俺を見ていた。

今すぐ読んで下さいと言わんばかりの雰囲気。

どうして今日に限って午後の任務がないのか。


「これをどうしろと?」

「是非、読んで頂きたいと思いまして」

「これにはギルバートの個人情報が含まれているのではないか?そうなるといくら隊長と言えども拝見することはできない」

「大丈夫ですよ」


そう言いながら副隊長はシワだらけの紙を取り出した。
ちょうど成人男性のものと思われる大きさの手形が雑に押されている。

さっき、任務から帰投した時、やけにラウンジが騒がしいと思っていたが、これをやっていたのか。


副隊長は任務に関しては非の打ち所がないほど、丁寧にこなしている。出撃数も申し分ない。

優秀な隊員で実に誇らしい。

だが、何故プライベートになるとこうも変貌してしまうのか。


「読む前に聞くが、このレポートを作成した動機は何だ?」

「副隊長として、隊員達の動向には常に気を配り、把握しておくべきかと思いまして。次回はロミオ先輩のファッションセンスに纏わる事例研究、その次はナナの生態主にブラックホール級胃袋の容量の限界値について、などを予定しております」


拳を握り力説する副隊長。その熱意には頭が下がる。

それを空回り、と片付けるのは容易い。しかし、俺には彼女の努力を無にするような非情な真似はできない。

俺は手元にあるレポートの表紙を捲る。

そこにはギルの簡単なプロフィールが記載されていた。
ターミナルのデータベースに載っているものに加え、ギルの嗜好するアルコールの銘柄、好みの女性のタイプ、ブラッドの各隊員との相関図などが書かれている。

ちなみに俺とギルとの間には『真面目なオカンと遅い反抗期を迎えた長男』と表されている。


オカン?

誤表記だろうか。


表紙を閉じて、再び副隊長を見る。うっとりするような恍惚した表情で俺を眺める副隊長。


「わかった。任務の合間に読ませてもらおう」

「ありがとうございます!」

「ああ」

「それでは、お忙しいところ失礼しました」


副隊長は軽やかな足取りで出口へ進み、扉のノブに手をかける。
しかし、彼女はノブを回さずに後ろを振り向く。俺の顔を見て、歯を見せながら笑う。
背筋に嫌な汗が流れる。


「最後は隊長の肉体美に関するレポートを予定しておりますので、その際はご協力お願いしますね」

「………」



その笑顔を見ながら、俺はもう二度と他人に裸を見せないと誓った。






*もう色々すいません
title by 不在証明


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