それがどれだけ残酷なねがいごとかをしっていてそれでもぼくはきみに乞う


エレベーターが俺の指示した階で動きを止めれば、固く閉ざされていた扉が自動で開く。眼前に広がるのは隅々まで抜かりなく整頓された無数の書架。そこに集約されているのはデータベースを構築するために使用された様々な資料源や古書。
ここはフライアの頭脳ともいうべき資料館だった。現在は日常活用するであろうデータは、ほぼターミナルのデータベースに掲載されているため、この部屋を利用する者はほとんどいない。俺も例外ではなく、この資料館を訪れるのは随分と久しい。

今日、そんな資料室を訪れたのは他でもない。この部屋の最奥に配備された総合資料管理室に住まう資料館の最高責任者に会うためだった。館外持ち出し禁忌の資料は全て全資料管理室内に置かれた金庫で厳重保管されている。その金庫の鍵はフライア内で唯一この資料館の最高責任者のみが所持することを許されており、彼女の監視下でなければ閲覧出来ない仕組みとなっていた。また、この館外持ち出し禁忌の資料には第一種から第三種まで種類分けがされており、それぞれ閲覧者制限がかけられている。面倒ではあるが、情報漏洩を防ぐ為には仕方がない。

無数に並べられた書架の合間を縫うように通路を辿れば、やがて管理室の扉が見えてきた。ここまで不気味なほど人の気配を感じない部屋も珍しいだろう。資料館の窓口ともいえるカウンターにたどり着くも、人が見当たらない。カウンターには『御用の方は押して下さい』とだけ書かれたボタンが置いてある。躊躇うことなく、そのボタンを押す。

どこかでインターフォンに似た音が鳴ったと思えば、目の前の扉がゆっくりと開く。中から出てきたのは資料館の最高責任者、なまえだった。


「すいません!お待たせいた…あ、ジュリウスさん」

「久しぶりだな、なまえ」


なまえは「お久しぶりです」と言って微笑む。その優しく小気味好い声色は以前訪れた時と何ら変わりなく安心した。


「変わりないようで何よりだ」

「えぇ、おかげさまで。一週間くらい前にフィジカルチェックを受けたんですけど、身体の方はもうほとんど問題ないそうです」

「それは良かった」

「はい。それで、今日は何か資料をお探しですか?」

「ああ。感応種についての資料なんだが…」


資料の名称がリストされている用紙を彼女に渡すとなまえは慣れた手つきでキーボードに必要事項を打ち込む。彼女がここに配属されて間もない頃は右腕につけられた赤い腕輪ががちがちとカウンターにぶつかり、四苦八苦していたが今ではそんな風に慌てる様子はない。きちんと仕事とこなし、スキルアップしていることは明白だった。


「どうやら資料は管理室の金庫の中みたいですね。取ってきますので、少々お待ちください」

「ああ、よろしく頼む」


なまえは再び管理室に姿を消した。思わず小さく安堵のため息が漏れた。


腕輪が装着されていたことから言及するまでもないが、彼女はゴッドイーターだった。それも部隊長として一部隊を率いるほどの実力を備えた優秀な兵士。同時に俺をゴッドイーターとして教導した人物でもある。


しかし、数か月前の任務で彼女はゴッドイーターとしての生命を絶たれることとなった。

あれは防壁が崩壊した外部居住区で壁内に侵入したアラガミ討伐及び住民の避難誘導の任務に当たった時のこと。

当時、なまえが率いていたフライアの精鋭部隊と俺を含む10人はアラガミ討伐班に、それ以外のゴッドイーターは住民避難の誘導及び護衛班として、それぞれの任務を遂行することになっていた。

討伐班はなまえの指揮下でスムーズに任務を遂行していった。しかし、問題は護衛班だった。突然のアラガミの襲来に住民は大混乱。誘導するゴッドイーターの声が届くわけもなく、我先にと避難区へ駆け込む人間が多すぎて事故が多発。討伐班は住民避難が完了するまでの時間稼ぎのはずだったが避難が難航しているため、人間の気配を嗅ぎつけるアラガミが各所から集まりだし、討伐班10人だけでは手に負えなくなってくるなど状況は最悪だった。

そんな中、なまえは旧型神機でありながら大型種一体、小型種数体とソロで交戦し、戦況に多大なる貢献をする。それだけの実力があり、隊長なら大丈夫だと班員に思わせる信頼もあった。実際、彼女の活躍で大幅に時間を稼ぐことができ、住民避難もなんとか無事に完了しようとしていた。


だが、なまえの耳に入った声が状況を大きく変えることになる。



『子供がっ!子供がまだそっちにいるんです!!』



その声は俺達にも聞こえていた。アラガミと対峙しながら子供の姿を捜索する。見つけるにはそう時間はかからなかった。しかし、子供がいたのはよりにもよって、ソロで交戦するなまえの近くだった。その場で立ち止まって母親を呼びながら泣き叫んでいる。そんな子供を彼女が放っておくはずもなく、なまえは子供の元へ走った。

アラガミはそれを追いかける。きっと敵の機動力が落ちたのがわかるのだろう。ここぞとばかりに攻撃を仕掛ける。誰もがなまえの援護に回ろうとするのだが、皆持ち場のアラガミの対応で精一杯だった。

子供を抱きかかえ、なまえは避難区まで急ぐ。さすがの彼女も子供の抱いたまま神機を振るうことはできない。何より、子供に危険が及ぶ。必死に逃げるなまえだがアラガミもそんなチャンスを易々と逃すわけがなかった。

大型種が広範囲の攻撃を二人に向けて放つ。人間の脚力で回避できるものではなく、二人は攻撃の反動で体が宙に浮き、地面に叩きつけられる。母親が子供の名を悲鳴にも似た声で叫ぶ。

それは誰がどう見ても絶望的な状況。生存どころか死体が原型を留めているのかすら怪しい。班員らがなまえの元へ向かおうとした、その時だった。



「…………」



粉々に砕けた瓦礫の中から立ち上がる血まみれの人間の姿。その足元にはほとんど傷のない子供がいる。

立ち上がったなまえの手には彼女の血で赤黒く染まった禍々しい神機。なまえはそれを目の前のアラガミ目掛けて構える。彼女から漂う黒いオーラに周囲の人間もアラガミも動くことができない。


一瞬の出来事で何が起こったのか、わからなかった。彼女は目の前のアラガミ全てを一撃で仕留めた。俺達が対峙していたアラガミも彼女の攻撃を見送り、その場を去っていく。結果、アラガミは居住区付近から一掃されたこととなった。

ふと我に返った俺達はすぐになまえの元へ救護に向かったがその時すでに彼女に意識はなく、その場に倒れていた。




居住区はその土地の5分の1ほどが全壊したが、奇跡的に死者はなし。負傷者があれど、皆軽傷で済んだ。

なまえもフライアでの治療の末、無事に意識を取り戻し、隊員らは安堵の声を漏らす。今回も彼女の活躍で無事に任務が遂行されたとお祝いムードだった。


しかし、目を覚ましたなまえは今回の任務のこと、ましてや自分がゴッドイーターであることすら、忘れてしまっていたのだ。

医者によれば、アラガミの攻撃を受けた際に頭部を強打して脳に何らかのダメージを負ったためではないかという。命が助かったとは言っても身体への負傷も大きく、このままではゴッドイーターとしての復帰するのは困難であると告げられた。


彼女はいわゆる逆行性健忘であり、受傷以前の記憶だけが障害されるタイプの記憶障害だった。もちろん、俺のことも覚えていない。初めはショックを受けたが、他の隊員からはあの状況で生還できたこと自体が奇跡だと言われ、何とか気を保っていた。


やがて、身体の傷が回復してきた彼女はゴッドイーターとしてではなく、この資料館の管理者としてフライアで働くことになった。何でも兵士でもない人間に偏食因子を投与していることに対して避難がでるのを恐れ、この資料館に彼女を幽閉することが目的であったらしい。


俺としては、あの血まみれで倒れていた彼女を二度と見なくて済むという点では上層部の判断に賛成だった。





「お待たせしました。はい、これ。頼まれていた資料集です」

「手間をかけて、すまないな」

「いえ。これしか仕事ないですから」


すっかり、資料館の最高責任者が板についたなまえ。本当に全身包帯だらけだったあの状況からよく回復したものである。


「あ、そういえばジュリウスさんにご報告があるんですよ!」

「どうしたんだ?」

「実は私、今度ゴッドイーターとして神機の適合試験を受けることになったんです」


左手に持っていた資料が床に落ちる。気が付けば俺はラケル博士の元へ向かって走り出していた。背後からなまえが俺の名を叫ぶ声が聞こえた気がした。





「失礼します、」

「ふふ、もうそろそろ来るころではないかと思っていましたよ、ジュリウス」


ラケル先生は息を切らして扉を開いた俺を見て穏やかに笑う。やはり、なまえに再び戦場に出向くことを勧めたのは彼女なのだろう。


「お聞きしたいことがあります」

「ええ。どうぞ」

「なぜ、なまえを再び戦場に?」

「愚問ですよ、ジュリウス。彼女は元よりゴッドイーターです。戦場こそが彼女の居場所。何ら可笑しいことはありません」


手元の紅茶をすすりながら淡々と話すラケル先生。部屋にいくつも配備されるモニターがチラチラと細かい文字と数字を流し、しばしば目障りだった。


「この間のメディカルチェックでも問題は見られませんでしたし、それに何より…」

「……」

「もしかしたら、なまえ元隊長はP66偏食因子適合者であるかもしれないのです」

「P66偏食因子?……なまえがブラッドになりうる、ということですか」

「えぇ。あの任務の日、彼女が最後に放った一撃は子供を救いたいという彼女の強い意志が血の力を覚醒させ、ブラッドアーツとして具現化したのではないかと推測しています。もし、この仮説が事実であるならば、あんな埃くさい部屋で優良な人材を眠らせておくのは勿体無いでしょう?」


そう語る彼女の瞳は、ただ純粋に研究者としてなまえを見ていた。記憶のない彼女が戦場に出ることでどれだけのリスクを背負うかなどは眼中にない様子。


「それになまえ元隊長がP66偏食因子を受けれられたら、晴れて貴方と彼女は同じ血を分け合う家族になれるのです。そうすれば貴方と彼女は永遠に一緒。貴方にとっては、朗報ではないですか」

「……それでも、やはり!」

「ジュリウス。よく考えなさい。貴方の本当の願いを」


ラケル先生の言葉が頭を反芻する。



俺の願い?



あの曇りのない笑顔を守りたい?


違う。



俺は、なまえを、手に入れたい。




もう二度と、離したくない。





「今度の適合試験、貴方にも同席してもらいます。そのつもりで」

「………」

「なまえも喜びますよ。また貴方と一緒になれて」




俺の願いは、きっと実現される。




それが彼女を再び血濡れた戦場に立たせることになろうとも…。







*ヒロイン負傷話多すぎ!
title by AnneDoll


back
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -