あなたが居て、私が居て、世界はそれだけで美しい


アラガミの討伐を終えて、静寂を取り戻した黎明の亡都で、私達は倒れたまま息一つしないアラガミの亡骸を黙って見つめていた。もっとも私達と言っても、今日はジュリウス隊長と私の二人だけなのだけど。
予定よりも早く任務が終わったため、フランさんから帰投準備に時間がかかるとの連絡を受け、不本意だけど暫しの休息を得ることになった。
休息と言ってもアラガミが野放しになっている防壁外では容易に警戒を解くことなどできない。隊長がよく口にするピクニックなど夢のまた夢。

ふと隣に佇んだままの隊長に視線を向ける。隊長は神機を右手に持ったまま、まだヘリの来る気配のない穏やかな青空を見上げていた。眩しそうに目を細めている。
その綺麗な横顔に見入っていると、ふと隊長がこちらを見る。がっちり視線が合って少し気まずい。


「どうした?」

「い、いえ。別に何も」

「そうか」


私を見つめる隊長の髪を風が撫でる。柔らかそうで、そっと触れてみたくなる。でも、そんなことをする勇気も度胸もない私は、これ以上見とれてしまう前に視線を逸らしてしまった。
行き場を失った視線は仕方なく空へ向かう。吸い込まれそうなほど青い空。綺麗だな。


そう思った瞬間、この間とある居住区民に言われた言葉を思い出す。


『こんな醜い世界で生きていても仕方ないから助けてくれなくてもいい』


この世界は、とても醜い。

それが現代を生きる全人類の共通概念になってから久しいことは言及するまでもない。特に壁外に出る機会がほとんどない居住区の人達はあの狭い空間に収容されて、いつ襲ってくるかもわからないアラガミの恐怖に身を震わせている。自由は許されず、窮屈で残酷な毎日。彼らがこの世界を恨んでしまうのも無理はない。


「どうした?」

「え?」


隊長の声で我に帰る。隊長を見れば、不安げな表情でこちらを見ていた。


「その、防壁の中で暮らしてる居住区の皆さんはこんな綺麗な空を見れないんだなって思って」

「突然だな。何かあったのか?」

「実は、この間護衛班の任務の時に助けた住民の方に言われたんです。こんな醜い世界で生きていても仕方ないから助けてくれなくてもいいって」


隊長に向けていた視線を足元のアラガミに戻す。どこからか流れてきた花弁がアラガミの上にそっと舞落ちる。周囲を見渡せば、戦いの際に崩れた崖や折れた草木、萎れた花などが目立った。自分達の命が色々な犠牲の末に成り立っていることを思い出す。


「確かにあまりいい気分はしないな」

「はい。まあ、この現状を見れば、仕方が無いことだってわかってはいるんですけど」

「……」


しばらく沈黙が流れる。お互いゴッドイーターとして、この状況が今すぐどうこうなるものではないとわかっているし、これからどうなっていくのかは、わからない。安易に励まし合えるほど、私達の仕事は甘くない。


「なあ、副隊長」

「何ですか?」

「少し、目を瞑ってくれないか」

「構いませんが。……こう、ですかね」


瞼を閉じて視界を遮る。草花が風に揺れる音、微かな花の香り、湖の浅瀬のせせらぎ。視覚以外の特殊感覚が研ぎ澄まされて、今まで気付かなかったものがクリアになっていく。そして、一際大きな機械音。それは丁度、神機が床に落ちたような音。


「ひ、っあ、え、た、隊長?」

「すまない。なぜかはわからないが、お前に触れたいと思った」

「え、あ、えっと…」


突然、全身が何かに包まれる感覚と共に隊長の声が頭上から降ってきた。僅かに正常値より早く打つ脈、少しだけ震えている指先、布団のように優しい温もり。隊長を構成するすべてが私を包む。目で見るよりも、ずっとずっと近くにいることを実感できる。凄い落ち着く。今、私が感じている全てを愛しい。


この瞬間が永遠に続いたら、と思ってしまう。


やがて、隊長はゆっくりと私を解放した。私は目を開くことを許され、瞼を開ける。顔が熱い。真っ赤な顔で困ったように笑う隊長を見て、余計に顔が熱くなるのを感じた。


「自分でもよくわからないんだが、お前の顔を見ていたら、どうしようもなくお前に触れたいと思った」

「……隊長」

「すまなかった。忘れてくれ」


隊長は床に横たわったままの神機を拾い、私に背を向けて歩き出す。少しずつ、ゆっくりと離れていく隊長の背中。彼の歩調に合わせて揺れる服の裾。

思わず走り出して、その背中を思いきり抱き締める。身長差がありすぎて、隊長のように全てを包むことはできないけれど、両腕を目一杯伸ばしてウエストに腕を回す。
立ち止まった隊長。私の心臓がどきどきしてしまっていること、隊長に気付かれちゃうかもしれない。


「わ、私も……隊長の顔見たら、…こうしたく、なりました」

「……」


ゆっくりと振り返った隊長と目が合う。私達は互いに何か言いたいのに、でもそれを口にするのは恥ずかしくて。


「凄く気分が高揚している。お前を見ていると、沸き上がる衝動を抑えられなくなる」

「隊長を見ると鼓動が速くなります。近くで触れていたいと思ってしまいます」

「お前の声を聞くと、とても心地好かった。いつもお前との会話を待ち望んでいた」

「隊長に優しくして頂くと胸が苦しくなりました。嬉しいのにどうやって接すればいいのかわかりませんでした」

「お前が誰かに優しくしているのを見ると、どうしようもなく胸が騒いだ」

「隊長と会いたくて暇があればいつも庭園にいて偶然を装っていました」

「お前に会うために無線は一切使わずに用があれば、必ず部屋を訪れた」


まだまだ言いたいことは山ほどある。隊長も同じなようで私を見る目が真剣だった。


「同じだ」

「同じです」


私達はそう宣言し合って、どちらかともなく笑い出す。こんな真剣に何を言い合っているのだろう。

なんとなく、何故かわらないけど、なんて言っておいて、抱き締めたい理由はお互いもう十分すぎるほどわかっていた。


「なまえ…と呼んでも構わないだろうか」

「はい、たいち、」

「ジュリウスと呼んでくれないか」

「…はい、ジュリウスさん」


私達はゆっくりと歩み寄り、見つめ合う。そのまま、そっと差し出し合った腕を互いの背中に回す。また、あの感覚。愛しいジュリウスさんの全て。


ふと、顔を上げれば綺麗な空を背景に大好きな彼の顔がそこにある。静かに瞼を閉じれば唇に熱い熱がこもった。



彼の肩越しに見た空はとても美しくて、やっぱりこの世界は美しかったんだって思ったら、嬉しくて泣きたくなった。







*どうか幸せに。メリークリスマス!
title by ロストブルー


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