息が詰まるような生き方


生還率が高くて、頼りがいがあって、信頼も厚い。同期や先輩達は皆あの人との任務に同行したがっていた。あの人と任務に行けば、必ず戦績も上がって高い報酬が貰える。良いこと尽くしだって。

でも、私は、そんなあの人との任務が大嫌いだった。




「おー、なまえ。今日も頼むぜ」


エントランスのターミナルで出撃準備をしていた私の肩を叩き、笑顔でそう言ってきたのは、ここ極東支部で最古参ゴッドイーターのリンドウさん。
そう。今日は運悪くこの人との任務だった。わざわざ人気者を起用するほど難しい任務でもないのに。ミッション管理をしているヒバリさんを少しだけ恨んだ。


「…宜しく、お願いします」

「ああ。じゃあ、また出撃の時にな」


ひらひらと手を振ってラウンジに向かっていった後ろ姿を見送り、小さくため息をついた。あの余裕綽々って態度がすごく不愉快。私に頼まなくたって自分一人で討伐できるくせに。腹の中で沸々と沸き上がるイライラを抑えながら回復錠を取り出す。きっと使うことはないけど念のために。
出撃準備を終えてエントランスをブラブラしているとエレベーターからサクヤさんとレン君が降りてくるのが見えた。二人は私の姿を確認すると笑顔で手を振ってくる。会釈をして二人のもとへ駆け寄った。


「お疲れ様。今日はリンドウと任務なんでしょう?」

「はい。恐縮ながら」

「ふふ、あの人ね。貴方との任務を楽しみにしてるみたいなの」

「リンドウさんがですか?」


サクヤさんは「えぇ」と微笑む。そんな風に思われている自覚はない。むしろ、どちらかと言えば逆だと思っていた。普段から必要以上にコンタクトしないし、態度だってさっきみたく素っ気ないことが多いのに。
そんなことを悶々と考えていると私の上着の端を掴まえてレン君がくいっと引っ張って見せる。彼の視線に合わせるようにしゃがみこむとレン君は眉間にシワを寄せて困ったような表情で私を見た。


「パパのこと…よろしくね。アラガミに食べられないように守ってあげてね」

「……」


小さいけど父親の仕事を理解しているしっかり者のレン君に頷いて見せる。そうすればレン君の表情は瞬く間に明るくなり、すぐ満面の笑みになった。本当は君の父親の方がバカみたく強くて守られるのは私の方なんだけど。


「レン、そろそろ行くわよ。じゃあ、なまえも気を付けてね」

「はい。ありがとうございます」


私に手を振って去っていく二人を見送り、エントランスの巨大モニターに視線を向ければ、もうすぐ出撃の時間だった。
そのまま出撃ゲートに向かえば、珍しくもうあの人がそこで待機していた。先輩を待たせるのは私の流儀に反する。仕方なく小走りであの人の元へ。近くにいくと仄かに芳ばしい珈琲の香りがした。


「来たな。んじゃ、いっちょお仕事行きますか」

「はい」


二人で出撃ゲートを潜り、輸送班のヘリに乗り込む。離陸と共に徐々に遠ざかっていくアナグラを見詰めながら、さっき見たレン君の笑顔を思い出していた。












「よし。コアの回収も終わったことだし、輸送班に連絡すっか」

「はい」


討伐対象と対峙して10分弱。ヒバリさんからの無線で『討伐対象を撃破。周囲のオラクル反応は消失しました』との連絡を受け、今回の任務は無事に終了した。想定通り、何の問題もない。
輸送班への連絡を終えたリンドウさんは近くの岩場に腰かけてタバコをふかす。それは任務終了時の彼の日課。


「あー、なまえ。ちょっとこっち来い」

「何ですか」

「良いから来いって」


リンドウさんはタバコを加えたまま、自分の隣の岩をぽんぽんと叩く。服に臭いが移るし、あまり乗り気ではないが先輩の誘いは断れない。渋々、彼の隣に腰かけた。案の定、苦いタバコの香りが鼻を掠める。


「お前も随分強くなったよな」


突然何を言い出すかと思えば。少しも予想していなかった切り出しに思わず彼を見る。吸い込んだタバコの煙をふぅと吐き出し、宙に消えていくそれの行方を見送った後、リンドウさんは話を続けた。


「ちょっと前まで任務終わりにはぜぇぜぇ言ってたくせに今じゃ息切らしてるとこ見ねぇもんな」

「はぁ」

「上司として部下の成長は一番の喜びなんだぜ?」


あははと笑うリンドウさんから目を逸らし、目の前で倒れたまま動かないアラガミを見つめる。結合崩壊した部位の肉が抉れ、最初はグロテスク過ぎて気分が悪くなったことを思い出した。そう言えばあの時もこの人との任務だった気がする。「新人は皆通る道だ」とか言って背中を擦りながら水をくれたんだっけ。


「あの同期の中じゃお前が一番強くなったよな」

「そんなことないです」

「謙遜するなって」


そう言って私の頭をがしがしと撫でる。子供扱いして実に不愉快だ。


「他の連中はさ、なんか知んねぇけど俺と一緒の任務だから安心って気抜いてる奴多いんだよな。頼られてるっつぅ意味では悪い気はしないんだが」

「……」

「やっぱりお前みたいに背中を預け合える奴との任務の方が楽しいんだよな」


それを聞いて、出撃前にサクヤさんが言っていた言葉を思い出す。

『あの人ね。貴方との任務を楽しみにしてるみたいなの』

再びリンドウさんに視線を戻すとこちらを見ていた彼と視線が合う。胸の奥がぎゅっとした。



本当はずっと憧れていた。強くて優しくて逞しいその背中に追いつきたくて、一生懸命訓練を積んできた。全然敵わないこともわかってたけど、少しでもこの人の役に立てたらといつも願っていた。
その憧れは、いつしか恋心になっていたことに気づいて苦しくなった。サクヤさんと結婚していてレン君がいて、二人を溺愛しているのも知っている。だから、私の思いなんか彼にとっては迷惑以外の何物でもないことくらいわかっていた。

だから、諦めようと嫌いになった。



「任務に楽しさを求めるのはどうかと思います」

「はは、違ぇねぇな」

「妻子もいるんですからデスクワークにでも移ったらどうですか」

「そうしたいのは山々なんだか、生憎現場主義なんでな」


リンドウさんは自嘲気味に笑う。小さくなったタバコの吸い殻を地面に投げ捨てそれを足で踏む。褒められた行為ではないが、皮肉にも吸い殻はアラガミが食べてくれる。


「まあ、向こう数十年くらいは現役で稼ごうと思ってるからよ。よろしく頼むぜ、なまえちゃん」

「ちゃん付けで呼ばないで下さい」

「ったく、可愛くねぇな」


笑いながら私の背中を叩く彼に呆れつつ、向こう数十年もこんな切ない気持ちで任務を遂行しなければならないのかと思うと息が詰まる。

早くこの人を忘れられるくらいの新しい恋がしたい。


そう願いながら、背中を伝う小さな温もりを愛しく思っていた。







*1月のアプデはリンドウさん話のようで楽しみです!
title by loop


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