愚劣な自己満足で救ったつもりでいる愛の行方
(疑似死ネタ注意!)
その部屋は彼女の心拍音だけを忠実に再現する心電図の音だけが無機質に鳴り響いている。 それは律動的で綺麗な心音だった。彼女の生命が維持され続けている証である。 そんな美しい生命音とは裏腹に彼女は一瞬たりとも四肢を動かすことはない。それどころか瞼すら開けない。
「なまえ……」
こんな呼びかけになど応えるはずもない。そんなことは百も承知だが彼女の名を呼ばずにはいられなかった。 俺はあの日、彼女の最後の願いを叶えてやることもせず、自分の感情のままに彼女を助けてしまった。 その結果、永遠に彼女を苦しめることになるとわかっていながら。
*
あの日は長く続いた赤い雨も止み、久しぶりの討伐任務が入っていた。まだブラッドは俺一人で任務の際は他の部隊員と同行する機会が多かった。 特に当時強襲兵中尉の階位を持っていたなまえとは共に任務をこなすことが多かった。彼女は俺と年が変わらないのに既に最前線である極東支部で経験を積んだベテランだった。 その人並み外れた実力は大型種二、三体を単独で楽に討伐できるほどである。彼女の凄味はそれだけではない。部隊を統制するカリスマ性もあり、周囲からの信頼も厚い。
まさに全人類の希望。彼女は、そう呼ぶに相応しい人間だった。
「……なまえ?」
丁度、昼食後の食休めの時間。急を要する任務もなく空いた時間に本でも読もうと庭園に行ったところで彼女の姿を見かけた。 床一面に咲き誇る花の絨毯の上で小さな寝息を立てて眠っている。とても安らかに眠る姿は、自分の数倍はあろう大型のアラガミを一人で要領よく捌いているとは思えない。
「んぅ?」
寝ていた彼女は瞼を開き、まだ定まらない視線を泳がせていた。やがて、ゆっくりと身体を起こして頭を振る。 脱力したなまえが俺の方を向く。少し驚いた表情を見せた後、すぐに照れ笑いをする。
「すまない。起こしてしまったか」
「いや、もうそろそろ起きなきゃって思ってたから」
「そうか」
なまえは全身を伸ばして勢いよく立ち上がる。その後ろ姿はいつも通りの凛々しい兵士に戻っていた。人類の希望を一身に背負い、戦い続ける者の姿。
「さてさて、午後もお仕事頑張りますかねー」
「もうそんな時間か」
「そういえば、君は何しにここへ?」
「俺は読書をしに来た」
「私には読めない本だ。まあ、代わりにジュリウスがそうやって熱心に勉強してくれるお蔭で私はアラガミと自由に戦えるんだけどね」
そう言って笑う彼女。正直、今の時点で自分が彼女の役に立てているとは思えない。しかし、なまえの言葉は嫌味には聞こえず、素直に嬉しいと感じた。もっと彼女の役に立てたらと思う。
「よし、じゃあ、今日も背中は任せたよ。ブラッドの隊長さん」
「ああ、任せてくれ」
そう頷きながら答える。未熟な自分に背中を預けてくれる彼女の信頼に足るところを見せなければと思った。今思えば、俺は彼女に自分の必要性を認められ、無意識に自惚れていたのかもしれない。
俺はこの時、知る由もなかったんだ。
自分が言った軽はずみな一言が、この世界から人類の希望を奪うことになろうとは。
*
午後の任務はなんてことのないディアウス・ピター一体の討伐。赤い雨の影響でぬかるむ道を二人で歩く。 いつも通り、彼女が前衛で突破口を開き、俺が後衛支援する。単純な任務だが彼女は油断することなく、常に警戒を怠らなかった。 どんなアラガミが相手だろうが絶対に初心を忘れない。彼女の強さはそういうところにあるのかもしれない。
前を歩くなまえが足を止める。彼女の肩越しにこちらを睨むディアウス・ピターが見えた。
「さて、行きますか。ジュリウス、後方お願いね」
「了解だ」
ロングブレードを構えたなまえが前方に突っ込むとディアウス・ピターが神雷槌を放つ。彼女はそれを紙一重で避けると、そのまま顔面にブレードを突き刺す。視界を潰し、動きを鈍らせる。 俺は彼女の動きに合せ、アサルトで援護する。前足を集中して狙うと早々に結合崩壊が起こり、足が止まり蹲る。 捕喰形態(プレデターフォーム)で捕喰するとバースト状態に切り替わり、機動力が上がる。なまえはインパルスエッジで顔面とマントを集中攻撃して結合崩壊をする。 ディアウス・ピターの体力は急降下する。もう討伐が完了するのも時間の問題。
そう思った刹那――
「ジュリウス!!」
後ろを振り返ると、すでに目の前まで迫っていた光に視界を奪われた。
*
「し、しっかりしろ、なまえ!」
あの時、俺の背後にいたもう一体のディアウス・ピターが放った天帝連神槍から俺を守るため、目の前に飛び出したなまえ。 その衝撃で肉体に多大なダメージを受けるも、何とか態勢を立て直し、無事に二体を討伐し終える。 しかし、アラガミを倒し終えた彼女はその場に倒れ込んだ。すぐに駆け寄り、状態を診ると肋骨と上腕骨の骨折、内臓臓器の損傷と出血が確認できた。 とにかく出血が酷い。当然だ。致命傷ともいえるダメージを受けたにも関わらず、大型種二体を瞬時に仕留めるほどの起動をして傷口は全開。いくら偏食因子を投与して細胞が活性化されているとしても自然治癒で間に合うはずがない。
彼女の容体は絶望的だった。
「ジュリ…ウス…」
「なまえ!しっかりしろ、今救護班を」
なまえは苦痛の表情を浮かべながら上半身を起こす。神機で体を支えなければ満足に座ることもできない。 そんな状況で彼女は俺を見て笑う。嫌な予感がした。
「もう、私は…使い物に、ならない」
「何を言っている!フライヤで治療を受ければ…!」
「…命が助かった、としてさ……もう、この体じゃ、今まで…みたいに…アラガミ、戦え、なッ、」
言葉を詰まらせ、咳込む彼女の口からは吐血が漏れる。やめてくれ。もう、これ以上は…。
「もう喋るな……これ以上は、傷口が、」
「神機は、まだ、…使える、から」
「なまえ!」
「お願い、ジュリウス……もうゴッド、イーターと、して…戦えない、なら…生きて、ても…意味……ないの」
この状態でフライアに戻り治療を受けたとして、もう彼女はゴッドイーターとして復帰するのはほぼ困難。
それは自分を殺せと言っているのと同義だった。
俺の不注意のせいで人類は希望を失う。
「ジュリ、ウス…お願い」
「……なまえ」
「……私を、……殺して」
「っ!!」
その言葉を最後になまえは瞼を閉じ、意識を手放した。 それが俺が彼女と交わした最後の約束。
*
彼女はそれ以来、一度も瞼を開くことなく眠り続けている。俺はなまえのたった一つの約束すら守れず、彼女を延命させることを選んだ。 しかし、彼女の意識は戻ることなく、2年たった今も眠り続けている。
正直、俺は彼女が目覚めてしまうのを恐れていた。 もし彼女が目を覚まして自分が二度とゴッドイーターになれないことを悟れば、あの日殺さずに生かしてしまった俺を恨むのではないかと。
結局、これが俺の自己満足で救ってしまった愛の行く末。
それでも、俺は、彼女に、どうしようもなく生きていてほしかった。
*アラガミ化したかったけど思いっきりギルの話と被る title by ロストブルー
back
|