君の声はこんなにも近いのに、どうして僕はただ聞いているだけなんだろう


(時系列的にはナナちゃん覚醒の前くらいです)
(主人公ちゃんがまだ副隊長時代のお話)



前略 オフクロ様。
天高く馬肥ゆる季節となりました。ご家族皆様におかれましては、変わらずにご活躍のことと存じます。
僕はと言えば、ゴッドイーターとして極東支部に配属されてから3年とちょっとが経ちました。色々ありましたが、今では極東支部第一部隊の隊長代理件クレイドル件新人教育係として忙しない毎日を過ごしています。もちろんバガラリーの視聴も欠かさず続けています。
そして、数ヶ月前。こんな仕事とバガラリー三昧の僕に遅咲きの春がやってきたのです。



「コウタさんっ」

「おう、なまえ」


息を切らしながら俺の元へ駆け寄ってきてくれたのは、数ヶ月前にフェンリル極致化技術開発局フライアから移動してきた本部直轄の特殊部隊ブラッドを仕切る副隊長のなまえだった。
詳しくは聞いていないが、流れでアナグラへ来ることになったらしく数ヶ月前より共にアラガミ討伐に励んでいる。

本部直轄の特殊部隊とだけあって、その実力は折り紙つき。アリサやユウと同じく変形型の神機を使い、そこに尚且つブラッドアーツという第3世代神機使いのみが使用できる謂わば必殺技のようなものまで兼ね備えているもんだから、強いのなんのって。

クレイドルや防衛班の奴らと同様に大型種や禁忌種、感応種にも臆せず戦う頼もしい戦力として支部はもちろん、現場の俺たちも頼りにしている。


「どうした?任務か?」

「いえ、ちょっと書類のことでわからないところがあって…もし、お時間があればご教授いただけないかと」

なまえはそういって接触禁忌種討伐報告書を差し出す。
確かにこの書類は禁忌種が多く出現する極東支部でしか作成しない書類だ。知らないのも無理はない。

いや、寧ろ。
これを口実にこれから二人でお勉強という名のイチャイチャ…改め、小規模親睦会を開催できると思ったら、忌まわしき禁忌種にさえも感謝の念が溢れてくる。

ありがとう、禁忌種。
ありがとう、アラガミ。

「ああ、今時間空いてるし、いいよ」

「ありがとうございます」

アイドル界のツートップであるシプレや葦原ユノ、果ては目に入れても痛くないノゾミすらも凌駕しかねる勢いのキュートでチャーミングでスイートな笑顔を見せつけるなまえ。

ああ、可愛い。
なんつーか、腹が立つほど可愛い。
仕草とか声とか、とにかく彼女を構成する全てが可愛い。
自分の理想のままにキャラメイクしたキャラがそのまま具現化したんじゃねーかってくらい俺好み。
その完成度ときたら、もしかしたら俺のために存在してるんじゃねーかってくらいのハイクオリティ。

「……?」

「はっ?!」

ふと気が付けば、右腕が無意識に彼女へ向かって伸びかけていた。そのまま腕を持ち上げ、自身の頭の後ろへ持ってくる。こんな不自然な行為が誤魔化しになっているのか、微妙なところではあるがなまえは特段気にしていない様子。

危ねぇ。
危うく我を忘れてギュッとしてしまうところだった。落ち着け、俺。
相手はノゾミじゃないんだ。突然ギュッとなんてしようものならセクシャルハラスメントで査問会にかけられて懲罰房行き待った無しだ。ハルオミさんじゃないんだから、ここは理性で何とか抑える。













とりあえず賑やかなエントランスから比較的静かなラウンジへ移動し、なまえから申し出があった接触禁忌種討伐報告書の書き方を一通り教えた。
彼女は、さすがと言うべきか、一を教えただけで百を理解してくれる。教えるのに然程時間がかからなかったため、試しに書いたものを読んでやると先輩ぶってみた。
すると、なまえは目を輝かせ、「良いんですか!?ぜひお願いします??直ぐに書き上げてしまうので少し待ってて下さい!」と即答。
速攻で入力用の端末を立ち上げ、物凄い速さで文章を綴っていく。
そして言葉通り、書き始めて5分ほど経つと手が止まり、彼女は少し頬を赤く染めながら端末を俺に差し出した。

「できました、コウタさん」

「早かったな」

「コウタさんに早く見てもらいたくて。お待たせするのも悪いですから…」

そう言って、再び殺人級の笑顔を見せる
なまえ。その笑顔だけでは飽き足らず「コウタさんに早く見てもらいたくて」なんて甘美な枕詞まで付けてくれたものだから俺の幸福パラメーターはカンストする勢いであった。やばい。油断しているとまた手が出てしまう。

できるだけ心を平穏に保ちつつ、端末を受け取り、中身を確認する。
だが、その文章は俺が確認するまでもなく、まるでマニュアルに載せられた例文のようにわかりやすく要点をまとめて書かれていた。
自分が書く報告書なんかよりも余程良く書かれている。いや、むしろ参考にしたいくらい。こんな俺が確認すること自体がおこがましく感じた。

「問題ないんじゃないか。上出来だよ」

「本当ですか?コウタさんにそう言っていただけると自信になります」

漫画なら語尾に音符でも付きそうな感じの弾んだ声だった。ただそこにわざとらしさはなく、それが自然体で出てしまう辺り、天性の可愛さとしか言いようがない。

そんな可愛さの余韻を味わいつつ、端末を彼女へ返却する。なまえは受け取った端末でデータを保存し、シャットダウンした後、小さなため息を吐いた。俺はそれにチャンス的な何かを感じ取る。

「どうした、元気ないな」

「いえ、元気がないわけではないんですが…」

非常に曖昧な返事。経験上、女子のこうした様子は7割方、相談したいことがあるんだけど、言ったら迷惑じゃないかしら?と悩んでいる時である。
喜怒哀楽の塊みたいなアリサやエリナのお守りをしてきた俺に死角なし。
これは先輩としての威厳を見せつけるチャンスか。自身の経験を信じ、一歩踏み出してみる。

「何か悩み事なら聞くよ」

「コウタさん…」

なまえは、驚いた顔でこちらを見る。大きな瞳を何度も瞬きしながら小さく唇が動いていく。
「どうしてわかったんですか?コウタさんやっぱり凄いです!」
そんな次に出てくるであろう言葉を創造し、口元が緩んでしまう。我慢しろ。頼りになる先輩ゴッドイーターを保て、俺。

「どうしてわかったんですか?コウタさん、やっぱり凄いです」

期待通りの文面だった。一語一句狂いなく予測した通りの模範解答。その表情も声色も身の乗り出し方も全て妄想という名のシミュレーションで済ませたものだった。
だかしかし、それでも本物の破壊力は桁違い。それもそのはず。本物にはオーラがある。匂いがある。温度がある。夢がある。そして、想像を超えてくる可愛さがある。
我ながら気持ち悪いのは重々承知しているが、脳内暴走が止まらないのが遅咲きの春を迎えてしまった青少年の性であると言えよう。

「いや、俺、妹いるし、そういう相談とかされやすいんだよね」

女慣れしているわけではなく、あくまでもお兄ちゃん属性を前面に出し、チャラさを抑える。
現在、俺は彼女にとって移転先の先輩止まり。こうして地道に好感度を上げなければ、その存在すら危うくなってしまうのだ。

「実は、」

「うん」

「この間、」

「……」


「ジュリウス隊長と手を繋いでしまったんです」


カンストする勢いだった幸福パラメーターが、急速に落下していき、0地点を突き抜ける。メーターは崩壊し,しばらく幸福を認識することは不可能のようだ.

つーか,マジですか。
ガチですか。
てか、なんで今それ言うんですか。
俺の気持ちはこれっぽっちも伝わってないってことっすか。
いや、むしろ諦めさせるためにわざとですか。

大好きな声で呟かれたその一言が幾度も反響する頭の中では,行き場のない怒りと混乱と悲哀がぐちゃぐちゃと混ざり合い,混沌としている.


幸福をもたらしたかと思いきや、それを一気に奪い取った天使のような悪魔の本人は真っ赤になった顔を両手で覆い、恥ずかしそうに首を振る。

そんな仕草すらも、可愛い。可愛いのにその可愛さを素直に喜べない。もはや、新手の拷問である。

でも、そんなことくらいで一喜一憂してしまう彼女の気持ちが痛いくらいによくわかる.

きっと彼女にも,俺と同じように春が来ているのだ。


「それで、どう、だった?」

できる限りの作り笑いでなまえに問う。
すると彼女は、困った顔で視線をあちこちに泳がせながら、両手を重ねたり、離したりを繰り返す。動揺しているのが手に取るようにわかる。
その動きが大人しくなると、ゆっくり下を向き、口を開く。

「……嬉しかった…です」

「…」

「もっと、触ってほしい……と、思ってしまい、ました」

そう言って顔を上げた彼女の表情は、初対面の奴が見たって、ああこの人恋してるんだなってわかる具合に乙女感満載だった。しかし、皮肉にも今まで見てきた中で最も可愛い表情だったことは言うまでもあるまい。
その後,嬉しいのか悲しいのか分からない複雑な感情を持て余しながら,彼女のノロケ話を日が暮れるまで聞かされ続けた.
あーあ。報われねぇな、俺。















「お話聞いてくださり、ありがとうございました」

きっと誰にも言えなかった気持ちを初めて告白したせいだろう。何とも清々しい表情でお礼をしてくるなまえ。
俺との数時間が彼女にこの安らぎをもたらしたのだとしたら、それはもう冥利に尽きるというやつで。

「いえ、いえ、どう致しまして」

しかし、おかげさまで俺のバイタル改めメンタルは危険域どころか至急救援をお願いしますレベルまで衰弱してしまった。
好きな子の恋愛相談がこんなにも攻撃力が高いものだとは知らなかった。いや、できることなら知りたくなかった。

「全部話せて、凄くスッキリしました。ブラッドの皆には何か話しにくくて。コウタさんが居てくれて本当に、あっ」

「ん?」

彼女の言葉を遮った視線の先には噂をすればのブラッド隊長…ジュリウスさんが扉の前に立っていた。何かを探しているのか、辺りを見回している。
程なくして俺達を視界に捉えると、そのままこちらに向かって歩き出した。

お迎えが来たんだと、何となく察する。

「副隊長、ここにいたのか」

「隊長……はい。コウタさんにその…書類の作成方法を伺っていました。私が手こずってしまい、少し時間がかかってしまったのですが…」

なまえは手元にある端末を起動し、先ほど作成した接触禁忌種討伐報告書のデータをジュリウスさんに見せる。
彼は端末上で一通り中身を読み上げると、俺の方を向いて、深々と頭を下げた。

「私の部下のために貴重なお時間を割いて頂き、感謝致します」

「い、いえ。俺は何も…」

実際、この報告書の作り方を教えていた時間は10分もない。作成に至っては5分足らずで終わらせていたはずだ。
その他の時間は全て貴方に対する恋愛相談でした、なんて、言えるわけない。

「副隊長、報告書を書き終えたばかりですまないが、そろそろ明日の任務のブリーフィングをしたい。皆を集めて来てくれるか?」

「はい!承知致しました」

ジュリウスさんの命を受けるとなまえは素早く立ち上がり、さりげなく服のシワを整える。気がつけば、任務に行く時の少し緊張した面持ちに変わっていた。
優秀な人材は気持ちの切り替えが上手だと聞く。まさにそれを体現しているようだった。

「コウタさん。報告書の件、ご指導頂き、ありがとうございました。隊長、ミーティングルームでお待ちしております」

俺達二人に深々と頭を下げ、彼女は仕事へ戻っていった。さっきまで恋する乙女だったのにそれが一瞬でキャリアウーマンに早変わり。女ってのは怖い生き物である。

「コウタ隊長」

「え、あ、はい」

唐突に名を呼ばれ、思わず緊張してしまう。決してやましいことをしていたわけではないが、下心があったことは確かなわけで。何でも見抜いてしまいそうなジュリウスさんの目を真っ直ぐに見れない。

「副隊長がご迷惑をお掛けし、大変申し訳ございません」

「迷惑だなんて、そんなことないですよ」

「これからはこうした些細な業務でコウタ隊長のお手を煩わすことのないよう、彼女の上司として精進してまいります」

そう告げるとジュリウスさんは深々と頭を下げ、ラウンジを後にした。
気のせいかもしれないけど、俺の手を煩わせないようにって言うか、自分の部下は渡さないってニュアンスに聞こえてしまった。

彼もまた、春を迎えた一人なのだろうか。

って、それはつまり二人は両想いというやつで、俺の気持ちが成就する可能性は限りなくゼロに近いというやつで。


こうして、やっと見つけた彼女候補も、所詮他のアイドルと同様に遠くから一方的に愛でる存在へと少しずつシフトしていくのだろう。


世の中、上手くいかねーな。

そうして俺は、奇妙な悟りの境地へと足を踏み入れようとしていた。その姿をあのハルオミさんに見られているなど露知らず。



*山なし落ちなし!
title by ロストブルー



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