迷いと不安を昇華させて踏み出した、一歩


(RB編のネタバレ含みます!)




それは、任務終了後の穏やかな休憩時間での出来事。
螺旋の樹の一件も終結し、新生ブラッド隊がゆっくり始動を始めた最中だった。


「ところで、隊長はいつジュリウスに愛の披瀝をなさるんですか?」

「ぶぅーっ!!」


アナグラに戻り、ラウンジでヒバリが淹れてくれた珈琲で疲労した心身を癒していると、隣に座る副隊長のシエルが唐突に爆弾発言をかましてきた。
彼女の横でおでんパンを頬張っていたナナが「隊長ー、汚いよー」と嫌悪感を丸出しにした表情でなまえを見る。そりゃ、確かに一度口に含んだ珈琲ぶちまけちゃって汚いには汚いんだけどさ。いや、問題はそこではなくて。

「なんだ。隊長はジュリウスに執心なのか」

「そーそー。隊長ってば、私がおでんパン好きなのと張り合うレベルでジュリウス好きなんだよねー」

「いや、ちょっ、ちがっ」

「ほう。それは重症だな」


ナナのわかりやすい例えにリヴィは納得した様子でなまえを眺め、ブラッドの姉御として一肌脱ごうとしている雰囲気が見て取れる。
なまえは速攻で「ちょっと待って下さい!そんなんじゃないんですってば!」と全力で否定に入るものの、今まで二人の様子を見てきたシエルやナナはもちろんだが、こんなあからさまな反応を見せたなまえの言葉の真意をリヴィが見抜けないわけがなかった。

4人はカウンターからソファへと席を移動し、シエル、ナナ、リヴィがテーブルを挟んでなまえの真正面に並んで座る。まるで企業の入社面接をしているかのような絵面にカウンターの中のムツミは密かに笑っていた。


「せっかくジュリウスが戻ってきたのですから、ここは積極的に攻めるべきだと思いますが」

「そうは言われましても…」


螺旋の樹の内部でジュリウスと別れた際になまえが見せた寂しそうな様子をよく知るシエルにとって、今回の二人の再会は本当に嬉しいこと。上司兼親友の幸せを誰よりも願うシエルにとって、放って置けない問題なのだ。


「あぁ。ゴッドイーターは常に死と隣り合わせ。いつ、殉教するとも限らないぞ」

「そ、それはそうなんですが…」


長らくアラガミ化した神機使いの処理を専務としてきたリヴィの言葉はやはり重い。なまえの脳裏にジュリウスと別れたあの日が蘇る。


「そうだよー。好きな物は最初に食べちゃわないと、誰かに取られちゃうんだから」

「は、はぁ…」


任務に出撃する前にムツミが「隊長さん!食べていく?」と言ったあの料理。「ううん、任務終わったらゆっくり味合わせてもらうね」と返してしまったがために、任務を終えてアナグラヘ戻ってきたら「あ、ごめんなさい、隊長さん。ナナさんがね」と言って差し出された空のお皿。なまえが求めた癒しは全てナナの腹の中。

確かに三人の言うことは納得できる。どの助言も正論すぎて、正にぐぅの音も出ない。
しかし、新生ブラッド隊として、活動を始めたばかりの大事な時期に色恋話に現を抜かしているなど、隊長として如何なものか。
最前線の極東支部所属の特殊部隊隊長としての責任感と、まだまだ青春したい盛りの乙女の恋心がなまえの中で鬩ぎ合い、彼女の胸をチクチクと痛めつけた。


「で、でもさ。私が良くても、ジュリウ隊長にめ」

「今はあなたが隊長です」

「は、はい」


なまえが話し終える前にシエルが鋭くそれを遮った。隊長に就任して、そこそこ時が経ったもののいつまで直る気配のない癖もしっかりと地道に修正していく。
常に冷静に状況を見極める姿は、流石は副隊長。ブラッドの頭脳と呼ぶに相応しい。


「えぇっと…ジュリウスたい、大尉は、孤独な戦いからようやく解放されて元黒蛛病患者の方達に恩返しするって奮起してる最中なんだし、あんまり、そのね、痴れ事を伝えるのは隊長という立場からも気が乗らないというか」


いつもは彼女らを率いる立場にあるなまえだが、今はその見る影もない。下げた頭は一向に上がる気配がなく、視線は常時自分の手元。

誰よりも早く「血の力」に目覚め、他ゴッドイーター達のブラッドアーツを喚起させ、一連の事件を解決に導いた最功者とは、にわかに信じがたい。

彼女のプロフィール公開を求めてきた市民に今の姿を見せたら、どんな顔をするのだろうか。


「なまえ隊長にとって、ジュリウスへの想いは痴れ事なのか?」


腕組みをしたリヴィは、すっかり消極的になってしまったなまえを見て言う。
ようやくなまえの頭が上がり、再び三人の顔が見えてきた。三人は誰一人として隊長を攻めようとはしていない。
穏やかな表情で弱気ななまえを見守っている。


「そうですよ、隊長。隊長の純粋な恋心をジュリウスが迷惑だなんて思うはずありません」

「そうそう。ジュリウスって、確かに天然で鈍感なところあるけど、隊長の想いを蔑ろにはしないと思うよ」


三人の言葉でなまえの瞳は薄っすらと潤みを帯びていた。
確かにそう。彼は誰よりも仲間思いで人の気持ちを大切にする人だ。
きっと、真摯に答えてくれるだろう。ダメならきっとそう言ってくれる。傷付かないように言葉を選んで、早く立ち直れるように上手く距離を作ってくれる。

そんなことができる人だからこそ、憧れて、好きになったんだ。


なまえは拳を握り、立ち上がる。そして、三人の手を掻き集めて両手に包み込む。


「ありがとう、みんな。私、当たった砕けてくる!」

「砕けちゃダメだよー」


笑いながらナナが突っ込むと、隣に座る二人も声を揃えて笑った。


「あぁ、えっと、そうだね。あの、ちゃんと気持ちを伝えてくる。こんなモヤモヤしたまま、大切な皆を守れないもん」

「それでこそ、ブラッドの隊長だな」

「はい。かっこいいです、隊長」

「いけいけー!」


3人の女性メンバーに後押しされ、ラウンジを出る。皆を守ると言っておきながら、完全に守られている側であることは今は気にしない。

あの時だってそうだ。

ずっと、一緒にいたい。


ジュリウスが螺旋の樹に戻ると言った時にその一言が言えなくて、どれほど後悔しただろう。
こんな場所に彼を一人残していいはずがなかったのに。


あんな後悔、もうしたくない。


勢いと若さだけで走ってきたなまえはすぐにジュリウスの部屋の前まで来る。
目の前の扉はいつもより重圧を感じる。まるで部屋の主人以外の侵入を拒んでいるかのようだ。
なまえは深く深呼吸して、息を整える。逃げない。大丈夫。上手くいく…ような気がする。


右手で扉を2回ノックする。小気味いい音が響く。扉の奥で人が動く気配。今更指が震えている。後ずさりして逃げ出したい気持ちを意地と根性で押さえつける。


「どうした」


あんなに重たそうだった扉は華奢だが力のあるジュリウスの手により、意図も簡単に開かれた。中から出てきた彼はいつも一番上まできっちり止めているシャツのボタンを外し、その開かれた裾からは官能的で滑らかそうなデコルテが覗く。
目にしたことのないジュリウスに言葉を失い欠けたなまえだったが、すぐに正気を取り戻し、目的を思い出す。
拳を握り、自身を奮い立たせる。ここは静かな戦場。なまえの武器は心の中の好きという感情だけ。


「あ、あの!ジュリウス隊長!」


「もう隊長ではないが…何かあったのか?」


語尾に合わせて少し首をかしげるジュリウス。揺れた髪の毛先まで全てが美しい。
思わず生唾がなまえの咽頭を通過する。震えを抑えるために唇をキツく結ぶ。


ちゃんと言葉にできるだろうか。


伝えたいことは沢山ある。


でも、きっと、今はこれ以上は言えない。





「ずっと、…好き、でした、」




自分の声が頭に木霊し、軽く頭痛すらする。逃げたい。今すぐ踵返して走り去りたい。
もっと色々話をして雰囲気を作ればよかった。でも、そんな世間話をする余裕、今のなまえには残されていない。
やっぱり、答えを聞くのが怖い。
想像していたよりも小さかった自分の声がちゃんと届いたのか不安になる。

なまえは恐る恐る顔を上げる。
視線の先には驚いた表情のまま固まったジュリウスがいた。
なまえと目が合うと、その表情が徐々に雰囲気を変えていく。頬が赤らみ、口角が上がる。
困ったような、少し緊張しているような優しい微笑み。


「ありがとう」


まるで、すぐに燃え尽きる流れ星のように一瞬で消えた一言はなまえの心の中で何度も何度も反響する。
心臓の音がうるさい。
ちゃんと、答えを聞かなくちゃいけないのに。


「俺も、同じ気持ちだ」


優しい声色なのに凛とした強さのある言葉。
どんなことも包み込み、受け入れてくれる。
そんな彼が背負う全てを、支えてあげたい。
隊長としても。恋人としても。




「そのままキスしろ!」

「わぁっ、バカッ!」


突然の外野の声。なまえが振り返ると物陰からブラッドのメンバーがバツの悪そうな顔で現れる。
どうやら女子メンバーから話を聞いて全員で2人の行く末を見守りに来たようだ。
当のジュリウス以外には自分の気持ちを悟られていたと知ったなまえは穴があったら入りたい気持ちで一杯だった。


「でも隊長、上手くいったようで良かったじゃないですか」

「そりゃあ、そうだけど…」

「コウタさんに聞いたんだけどクレイドルのリンドウさんは同じ第1部隊の人と結婚したらしいよ」

「へ、へぇ」

「なら、ブラッドも負けてられないな」

「え」


次から次へと勝手に描かれていく自分達の関係に当の本人たちは互いに顔を見合わせ、笑う。どんな未来もこの人となら大丈夫。怖いものなんて、ない。

こんなに素敵な仲間がいて、大切な人との繋がりを祝福してくれる。
贅沢すぎるくらい幸せだった。


「なあ、隊長」

「な、なんでしょう?」


騒いでいる隊員に気付かれないよう、ジュリウスの手がなまえの腕を引く。
落ち着いた鼓動が再び暴れ出す。


「また後で…ゆっくり、話したい」


耳元で一言告げると、ジュリウスは控えめに微笑んでなまえの腕を解放する。
彼のように上手く笑えず、口を閉ざして小さく首を縦に動かす。それくらいしかできない。


私達はこれからどんな風に変わっていくのだろう。
それとも昔と変わらずにいるのだろうか。

期待も不安も抱えながら、歩いていこう。


あなたの隣を。








*皆帰ってきて良かったね
title by 不在証明


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