穏やかな声で目醒めるまで
(難易度7までのネタバレ含みます!)(未プレイの方は注意!)
もし、こんな未来が待ってることを予測できて、こんな気持ちを味わうことがわかっていたとしたら、私は貴方を好きにならなかっただろうか。
「副隊長、」
庭園にある大きな木の木陰で座っているとジュリウスが声をかけてきた。でも、私はその呼び掛けに返事をせず、黙って目の前に広がる色とりどりの花を眺める。 不思議に思ったのだろうか、ジュリウスは私にゆっくり歩みより、もう一度「副隊長」と声をかけた。でも、私は答えない。彼を見つめすらしない。 すると、ジュリウスは一度わざとらしく咳払いをして、こう告げた。
「なまえ……」 「待ってたよ、ジュリウス」
私はすぐさま立ち上がり、ジュリウスに駆け寄る。改めて見詰めた彼は少し照れているようで頬が少し紅潮していた。そんな姿がどうしようもなく愛しくて、沸き上がる感情を抑えきれずについ彼の身体を抱き締めてしまう。
「二人の時は名前で呼ぶって決めたのに」
「すまない。まだ慣れなくてな」
「ナナとシエルは呼び捨てなのに?」
「どうも、お前の場合は意識しすぎてしまうようだ」
少し戸惑ったように笑うジュリウスは私の頭を撫でる。彼は今でこそ、こうして自然に触れてくれるけど、少し前まではまるで腫れ物を扱うように私に接していた。 マグノリア=コンパスでは特別扱いを受け、周囲からは近寄りがたい存在だと疎外され、ずっと傍にいたのであろうシエルとすら、まともな交友関係を築くことのできなかったジュリウスは初めて出来た“特別な人”の扱いにとても慎重だった。
『初めて出来た大事な人だから、絶対に失うわけにはいかない』
そう言っていた彼の真剣な眼差しを忘れはしない。この人を好きになってよかったと改めて思った。
「なまえは午後も任務があるんだったな」
「うん。ロミオ先輩とガルム討伐なんだ」
「そうか。気を付けろよ」
「はーい」
「……」
ジュリウスが私を見ながら何か考えている。何も口には出さないけど。
「どうしたの?」
「あ、いや……その、あれだ」
「なに?」
「……正直、少し……嫉妬を、している。……ロミオに」
顔を真っ赤にして困惑した表情を見せるジュリウス。何だか私まで恥ずかしい。確かにジュリウスがシエルやナナと二人きりで任務に行くと聞けば、多少なりとも心苦しいだろう。別に浮気の心配や仲間を信じていないわけではない。ただ、恋人の背中を守るのは、いつも私でありたいという独善的で身勝手なエゴ。
「任務に私情を持ち込むべきではないことはわかっている。しかし、どうしようもないんだ」
「ジュリウス……」
「そんな顔をするな。離したくなくなる」
ジュリウスはそう言って私の身体を思いきり抱き締める。この世界がもっと平和でアラガミもゴッドイーターもいない世界だったら、なんてどうしようもなく考えてしまう。大切な人を守れる武器を持っている分、大切な人を失うリスクも伴う。私達は闘わないわけにはいかない。抗えない運命だ。
「俺はお前を得たことで今まで以上に失うことへの恐怖を知った。お前を失えば、俺は俺でなくなる」
「……」
「だから、お前を守るためならどんなことでも出来る。自分の命に代えてもな」
「ダメだよ。そんなの」
「どうして」
「私だってジュリウスを失うのは怖いの。だから、私を守るなら、ちゃんと自分も守ってあげて」
ジュリウスは再び私の頭を撫でながら「そうだな」と微笑む。私も笑顔を返した後、彼に対して小指を立てる。それを不思議そうな顔で見るジュリウス。
「極東ではね、誰かと約束をする時に小指同士を繋ぎ合うっていう習慣があるんだって」
「そうだったのか。こうか?」
ジュリウスは私の小指に自らの小指を重ねる。何だか照れ臭い。
「じゃあ、約束。ジュリウスと私、あとブラッドの皆とずっと一緒にいられるようにお互い自分を大切にすること」
「あぁ、約束だ」
私達は小指を繋ぎながら、見つめ合う。言葉なんてなくてもお互いの気持ちがわかる。瞳を閉じれば、すぐに唇に優しい熱が触れる。 私はこれからも不器用で真っ直ぐなこの人の色んな表情を見ながら、互いに支え合っていくのだろう。この人に全てを捧げて、この人のために生きる。そして、皆で幸せになる。
そう信じていた。あの日が来るまでは。
色々なことがありすぎて、私の頭は限界だった。
ロミオ先輩の死、ラケル博士の裏切り、ジュリウスと終末捕食、螺旋の樹。
どれも目の前で起こった真実なのにどこか現実味に欠ける。目を覚ませば、またあの頃の日常が戻ってくるのではないかと信じていたけど、何度眠りについても現実は変わらない。 毎日、フライアに行って庭園に作られたロミオ先輩のお墓に墓参りをして、ロミオ先輩にジュリウスの無事をお願いする。
ジュリウスは螺旋の樹の中で、たった一人、今も戦い続けている。終末捕食から私達を守るために。
今回の戦いで私は色々なものを失った。それによって救われた人達が大勢いることはわかっているけど、一番助けたかった彼を、私は救うことができなかった。
抱き締めてくれた温もりも、優しかった眼差しも、私を支えていた言葉も、今は全て螺旋の樹の中。
「隊長、」
「ん?あぁ、ギル」
螺旋の樹の前で思いに耽っていると後ろから声をかけられた。振り返ると、そこにいたのは缶ジュースを二本持ったギル。
「任務終わって部屋にいねぇと思ったら、こんなとこにいたのか」
「うん。ジュリウスがちゃんと戦ってるか見張らないとね」
「フン、ジュリウスも大変だな」
私にギルが差し出した缶ジュースを受け取り、再び螺旋の樹に視線を戻す。きっと勘の良いギルのことだ、私の強がりなんてとっくに気付いているのだろう。心なしか、彼は以前よりも私に優しくなった。
「あんたは、強いよな」
「何いきなり?」
「ロミオが死んだ時も、ジュリウスと別れる時も、絶対に泣かなかった。それどころか、笑顔で俺達を励まして元気付けてくれた」
「……」
「俺達は何度もお前に救われた。それに関しては本当に感謝している。だが、ふと思ったんだ」
「……」
彼を真っ直ぐ見れない。その先の言葉を無意識に拒絶している自分がいた。
「お前は、誰が救ってやるんだってな」
ギルの言葉が胸に重く響く。皆を救うのは隊長である私の役目。 なら、私を救ってくれるのは誰なんだろう。ジュリウスという支えがなくて、私はどこまで行けるのだろう。 ずっと気づかないフリをしてた。それを考えると、どうしようもなく自分が一人のように感じるから。
「あんたとジュリウスがどんな関係だったのか、察してはいる。あいつを失うことがあんたにとって、どれだけの苦しみなのか理解しているつもりだ」
「……」
「だから、俺はジュリウスの代わりで良い。あいつの代わりにあんたを救いたい」
そう呟いたギルは私の身体を抱き締める。腫れ物を扱うように優しく抱いてくれたジュリウスとは違う。力強くて強引な抱擁。その瞬間、脳裏にジュリウスとの思い出が蘇る。
本当は、一緒について行きたかったの。
貴方のいない世界に置き去りにしてほしくなかった。
貴方がいないと、私は、こんなにも弱い。
「…っ、…んぐ、……ジュリ、ウス…ジュリウス……」
「……」
私はギルの腕の中でジュリウスの名を呼びながら久々に涙を流した。次々と溢れてくる涙を拭うこともせず、ただひたすらに泣き叫んだ。 ずっと圧し殺してきた悲しみを止める術もなく、子供のように泣く私をギルは黙って抱き締める。
ジュリウスを失って、私の時間は止まったまま前に進めずにいる。
どうか、またあの優しい声で、私の目を醒まして。
*いつかギル視点の書きたい! title by メテオライトと孤独の法則
back
|