1秒前と同じように呼吸出来ない
「ふふ、濡れているぞ。そんなに俺の指に感じているのか」
局長の指が私の陰核をなぞる。そこは肉壁が脆弱で異物が挿入されると、肉が傷つくのを防ぐ為に潤滑液が分泌される仕組みになっている部位。感じるとか感じないとか、そういう感情の起伏によって濡れるものじゃない。
でも、私の『お客様』は皆揃いも揃って「俺の愛撫がお前を感じさせて、淫乱な愛液を洪水のように溢れさせている」みたいなニュアンスの台詞を投げかけてくる。
バカみたい。
「気持ちいい、です」
「フン。そろそろ欲しいのではないか」
何が、と聞くまでもない。私達のセックスには、恋人同士のそれに必須であろう、歯が浮くような愛の言葉も相手を慈しむような優しい眼差しもない。
膣内に愛液が十分分泌された後、することはただ一つ。
「はい。局長が、欲しい、です。お願い、します」
既に自己主張をしている局長の性器に視線を向けながら、熱い吐息を交えて呟く。両大腿をすり合わせて、身体を捩じり、唇は半開き。自分の演技力も随分向上したものだと我ながら感心する。
「この淫乱な雌豚が」
局長は私の脚を荒々しく開かせる。そして器への気遣いなど微塵もないまま、一気に私を貫く。
密着している肉壁を無理やり押し広げされるような窮屈な感覚。 そこがより締まるように筋を収縮させれば、「フフ、中が締まっているぞ。そんなに俺のモノが欲しいかったのか」と自信満々に言う局長。
感じれば締まるモノ。そんな風に認識しているのだろう。
お客様は皆そうだ。 バカの共通認識を持つ単細胞で出来た愚かな生き物。
「ほらほら、イきたいならイってもいいんだぞ」
「は、はいっ、んぁ…局、長っ…」
「うっ…!」
シーツを強く握りしめ、身体を反らせながら硬直する。それはオーガズムをむかえた時の模範解答。
そんな私を局長は満足そう見下ろし、腰を深く突いて膣の中に精液を吐き捨てる。
腹の奥にじわりと広がっていく熱。 局長がため息をついて自身を抜き取ると、それを追うように膣口から精液が溢れだす。
「…ふぅ。ほら、今日の分だ」
早々にバスローブを身に着けた局長は幾枚かの紙幣をばら撒く。私はそれを一枚ずつ丁寧に拾い、「ありがとうございます」と頭を下げた。
今日の仕事はこれで終わり。
シャワーを浴びて、この部屋に来た時と同じ格好に戻る。局長も何事もなかったかのような顔で身なりを整え、あの偉そうな表情で葉巻を吹かす。 嗅ぎ慣れてはいるけど、一向に好きになれないヤニの匂い。
「本日はありがとうございました」
深々と頭を下げ、部屋を出る。二時間で50000fc。時給にして25000fc。先日より10000fcも高い。確かにいつよりも陳腐な台詞をだらだら話していた気がする。それだけ機嫌が良かったと言うことか。
「……」
視界に絨毯を踏む靴が見えた。その距離があまりにも近くて思わず顔を上げる。
そこにいたのは、端整な顔立ちの青年。この顔はフライア内で何度か見かけたことがあった。ふと右手を見ると黒く大きな腕輪がある。どうやらゴッドイーターのようだ。
彼は少し高い位置から私の顔をじっと見る。気まずい空気。視線を逸らして「失礼します」と一礼し、彼の横を通り過ぎようとした時。
「待ってくれ」
見かけよりも強い力で腕を掴まれた。 何するんですか、と言おうとした途端に金髪のゴッドイーターは私の腕を引っ張り、どこかへ連行し始める。
何が何だかわからない。混乱する私は抵抗することも忘れ、ただ金髪の導くままに足を進めていた。
連れてこられたのは人気のない庭園だった。甘く爽やかな花の香りが漂う。室内とは思えない再現度。もうフライアに通い始めて半年ほどになるが、こんな部屋があるなんて知らなかった。
感心していると先導していたゴッドイーターの足が止まる。その人はゆっくりと後ろを振り返り、私を見た。
「……」 「……」
私は目を逸らし、掴まれたままの腕を見る。すると彼はゆっくりとその手を離した。少しだけ赤く跡が残っている。もう一度、彼の顔を見上げる。
「俺はフライア所属のゴッドイーター、ジュリウス・ビスコンティだ」
ジュリウスと名乗った青年は私に座るよう促す。逃げて事が大きくなるのは嫌だなと考え、そのまま彼の指示に従う。ジュリウスは安心したような表情を見せ、私の隣に腰を下した。
「何か用ですか」
「お前と話がしたいと思ったんだ」
「話?」
別に私と彼に会話をするような接点などないように思える。あるとしたら、仕事の話くらい。
見かけによらず、この人もお客様なのだろうか。
「話をする前に名前を聞いてもいいだろうか」
「…なまえ、です」
ジュリウスは笑顔で「良い名だ」と返した。今まで身体や奉仕のテクニックを褒めてくれる人はいたけど、名前を褒められたのは初めてだった。 とりあえず「光栄です」と言っておく。もちろん、心にも思ってないけど。
「本題だが……その、単刀直入に言おう」
「……」
「売春行為は止めた方が良い」
バカな私でも理解しやすい言葉で言ってくれたジュリウス。まるで絵に描いたような優等生発言。
別に彼がどういう思想の持ち主であるかは興味ないがそれを何の接点もない人間に押し付けるのはどうかと思う。
私は小さくため息をついて答える。
「仕事ですから止められないです」
「仕事?」
ジュリウスはきょとんした表情で私を見た。
意味が、通じなかったのだろうか。私は「他に稼ぎがないので」と付け加える。何となく私の家庭事情を理解してもらえたのだろうか。ジュリウスは俯いて「すまない」と溢した。
「しかし、他に幾らでも職はあるだろう」
「給料高いですし、効率的です」
「それでも自ら自分を傷つけるような行為は感心しない」
別にあなたに感心頂かなくても。そう思うけど言葉にはしない。
それに自分を傷つける、という彼の言葉には違和感がある。それを言うなら、君の方が。私は彼の右腕の腕輪に視線を落とす。
「お言葉ですが、君の方が率先して自分を傷つけているのでは?」
「俺が?」
私の言葉にジュリウスは驚いた表情を見せる。私が彼の右腕を指差すと納得したような表情を見せた後、すぐに眉間に皺を寄せた。
お客様は皆、私と対面する時、品のない厭らしい顔をする。
こんな風にコロコロ表情を変える人と話をするのは随分久しぶりな気がした。
「ゴッドイーターである以上は義務だ」
「私の場合も同じです。需要があるなら、供給すべきだと考えます」
「その供給はなまえである必要はないだろう。他の人間にだって」
「他の人なら犠牲になってもいいんですか」
「そういうわけでは…」
ジュリウスは言葉を詰まらせ俯く。私みたいな娼婦の口答えにわざわざ真剣に耳を傾けるなんて、この人は生真面目なんだ。
私は立ち上がる。思わず話に付き合ってしまったけど、もう時間だ。 サテライト拠点に住んでる独身のモテなさそうなお客様が待っている。
「すいません。次の仕事が入っているのでこの辺で」
「あ、あぁ…引き留めてすまなかった」
「いえ。では、失礼します」
今度こそ、彼の横を通り過ぎ、一度も振り返ることなくエレベーターに乗り込む。 ああ、今日はシャワー浴びていけないな。お風呂でついでに済ましてもらおうかな。
そんなことを考えていると、背後で大きな音が鳴る。硬い物を素手で思いきり叩いたような音。私はゆっくり背後を向く。
あの人が、エレベーターの扉を両手で押さえている。
凄い形相だ。思わず身構えてしまう。
「な、何を……」
「俺は、お前を止める」
「は?」
「お前が娼婦を止めても生きられる道を探す」
ジュリウスは大真面目な顔をして、そう宣言した。
この人が何を考え、なぜこんなことを言うのかはわからない。
でも、凄く面倒な事に巻き込まれてしまったことだけは、漠然と理解できた。
初めて語り合った『お客様』以外の男は、生真面目で優等生なお節介野郎でした。
*to be continued...? title by ロストブルー
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