彼を放っておくと、それこそ死んでしまいそうだ。と最近本当に思う。



「この花、俺が頑張って育てたんだ」


名も知らない花について、彼はあたしに力説する。あたしは花に興味がない。それでも彼は毎日、それこそ土に肥料をやる段階からあたしにこの花の偉大性を主張してきた。そうして毎日、今目の前に咲き誇る花の話を聞いているうちに気づいた事がある。

彼には精気がない

土を育てる段階ではほんのすこし、種を植えてまたすこし。芽が出て双葉がさいて、茎が伸びてくる度に少しずつ。まるで花が彼の精気を奪っているかの如く、彼からは精気が感じられなくなっていった。

そうして今日、ついに3部咲きではあるが花が開き始めた。彼は嬉しそうにあたしに報告をしにきた。無理矢理屋上にある花壇まで手を引いて。その様子はうちの学校のテニス部の頂点に立つ男には見えないし、ただ純粋に園芸を楽しんでいる1生徒であって、3連覇という期待とプレッシャーを背負った人間だとは到底思えなかった。



「でも、なまえ、この花はね。1週間で満開になって、1週間と一日目には枯れてしまうんだ」



嬉しそうに、かなしそうに。咲き始めたばかりの花を眺めながら彼は言う。まるでそれが、自分の寿命だと言わんばかりに。あたしには掛ける言葉が無い。見つからないわけでも、見つけようとしないわけでもない。無いのだ。きっと、彼はなにかを悟っていて、それは変えられないものなのだ。

授業に出席するのも忘れて、二人で暫く花壇に咲くその花を見下ろした。花は自分の運命を知ってか知らずか、緩やかな風に揺れている。あたしはどうすることも出来ずに、ただ横で花を見る彼の手をぎゅっと握り締めた。


「なまえ、この花、育てるのに2ヶ月掛かったんだよ」

「でも来週には散ってしまうんでしょう」

「そう、でもね、きっとこの花はこの日を待って2ヶ月頑張ってきたんだと思うんだ」

「光合成を?」

「この花に出来る全ての事を」


彼はにっこりと、嬉しそうに誇らしげにあたしを見やった。どうしてなんだろう、こんなに彼は笑っているのに。あたしの心に温かさが伝わってこない。戸惑うあたしに、彼はまた微笑んだ。


「俺も、この花みたいに頑張れるかな」



そんな、意味深な言葉を最後に。彼はあたしの手を離して立ち上がった。つられてあたしも立ち上がったのだけれど、どうしてか、彼が隣にいないのではないかという錯覚に陥ってしまう。それが錯覚なのか現実なのかは分からない。


「今度は、あたしがこの花を育てる。1週間で枯れる花だけど、1週間と1日、咲いていられる花を育てる」


だから、

あたしはどこかへ飛んでいきそうな彼の手をしっかりと握りしめて彼の目を見た。精気の殆どを失い掛けている彼のこころに届けばいいとあたしはちからをこめた。


「2ヶ月、この花みたいに幸村も、頑張るんだ」








もしかしたら、いや確実に。花はいつか散ってしまうけれど。また新しく踏み出せばいい。この花の、枯れたら次の花のための肥料になる定めのように彼も、もう一度更に美しく咲くように、踏み出せばいい




それから一週間後、丁度あの花が枯れた日、彼は市内の病院に入院した







おわり
収拾つかない幸村さん


mae tsugi


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