「天才白石くんは実は努力家でしたーって、誰かに誉められたいの?慰められたいの?だとしたらお前、他のどのプレイヤーよりも最低だよ」
午後9時半、バイトで遅くなり慌てて帰る途中に通るフリーのテニスコートから音がして近づいてみたら、うちの学校のテニス部部長が一生懸命に自主練習をしているのが目に入り、あたしは失望した。普通は称賛して当然の行為だと思うのだが、バイブルだ天才だなんだと言われ他人に頼られ好かれ嫌な顔ひとつしない彼の行動は実は全て努力の賜物、彼の頑張りだと思うとあたしは虫酸が走った。完璧であるために自分を追い込み、またそれを誰にも明かさないなんて、その裏には誰かにうっかり見つかってこの努力を認めてもらいたいという魂胆があるに違いない。なんにせよ、あたしには、理解が出来なかった。
見つかったのがあたしで残念だったね校内のアイドル。
あたしがフェンス越しに吐き出すように言葉を紡ぐと今まで鳴り止むことの無かったインパクト音がぱったりと止み、同時に彼があたしに向けて視線を向けたのが分かった。驚愕を浮かべた顔、整っていると称賛されているだけあり、その顔に歪みは無く、悔しくなって唇を噛んだ。
彼はラケットを地面に置くとゆっくりこちらに向かって歩いてきた。彼の目に宿る炎が怒りなのか悲しみなのか、それとも違う何かなのか。想像も出来ない彼の表情に笑みを浮かべると思いきりフェンスを叩かれた。
ガシャンッ
「自分、なんなん」
あたしを見据える彼の目からはクラスで見る彼等想像出来る訳がない。何故なら今の彼は物凄く冷めた目をしているから。ぞくぞくするような視線、彼はこういう人間なんだと思うだけで失望は一転、興味へと色を変えた。彼は誉めて欲しくて、慰めて欲しくて努力をしているんじゃない。ただそこから自分を落としたくないというプライド。それが彼を突き動かしているんだとあたしは悟った。彼は努力をしている、その先にあるのが孤独だとは知らずに
「可哀想、白石蔵ノ介」
あたしは楽しくてたまらなかった。これを人は残酷だ冷酷だと笑うだろうか?それでも構わない。あたしは嬉しいんだ。あたしみたいな人が、他にもいるという事実が。フェンス越しに見える彼の表情はあたしを煽る。あたしもかつて同じことを経験したから、分かるんだ。あたしも昔は、1番であるために、頂点であるために全てを懸けた。でもあたしの場合は、決して目立つ存在では無かったから、その努力に疲れて、飽きてしまって結局誰も認めてはくれなくて、やめた。
「可哀想?俺が?」
「そう、あなたが」
おかしそうに笑みを浮かべるあたし、対照的に顔を歪める彼。フェンスで区切られている筈の世界なのに、手に取るように彼を理解できた。思い上がり?そうかもしれない。もしかしたら白石という人間はあたしの考えよりずっと立派で尊敬されるに値する人間かもしれない。だけどあたしは、彼が“あたし“だと、信じたい。
彼を離れ、ゆっくりと歩いてフェンスの出口を探す。少し行ったところにあったのは小さなドア。彼は先程あたしがいたところからじっとあたしを見ている。動かずに。あたしはそのしっかり閉じられた針金のドアをゆっくりと引いた。コートへ足を踏み入れたのか、彼の心に足を踏み入れたのかは、分からない。
一歩、一歩、ゆっくりと近づく。彼は相変わらずあたしを見たまま、ラケットを握ったまま動かない。そのまま一気に彼の目と鼻の先まで距離を縮めると、彼は途端、笑みを浮かべた。おかしそうに、楽しそうに、笑みを浮かべた。
「なにが、可笑しい」
あたしの問いに、彼は答えない。そのまま何を喋ること無く笑みを浮かべたあと、彼は一言だけ言った
「自分、俺が自分こと、知らんとでも思うとったん?なあ、みょうじなまえちゃん?」
自分は、俺や。
そういって彼はあたしを抱き締めた
冷たい夜の風が吹いたのに、あたしの体は温かくて、吐きそうになった
おわり
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リクエストをくれたりさへ。ごめん、才能が無いから限界が…白石と暗い話…って難しいです…よよよ…つまり本当は主人公自体が、努力を認めて欲しくて、白石は主人公の努力をちゃんと知ってたというオチです。ごめん、分かり辛いかも…いつか書き直して再び捧げます。
観覧ありがとう御座いました