これは、罪。
自分への、戒め






「なまえ」


それはある晴れた昼休み。いつものように昼食を終え中庭で昼寝をしている時だった。突然響いた少し低めの声、その声のトーンは既に何度も体験しておりそれが誰なのか、なんの用事なのかということは今更わざわざ目を開いて確認する程の事でもなかった

「説教なら聞かねーぜ、幸村」

「聞きたくないだけだろ?ほら、起き上がれって」

ベンチに寝ていたあたしは無理矢理起こされ背もたれに寄りかかるように座り直すとほんの数センチだけの距離を置いた隣に幸村が座った。元彼氏の、幸村。もう別れてから1年以上経つのに彼は未だに、あたしの近くにいる。面倒くさいな、てか何で毎回見つかるんだろう。GPS かなんかで追跡でもしてるんじゃねえの?だから、いつもみたいにあからさまに嫌そうな目を向けるといつもは怒鳴り返す幸村が大きくため息をついたので、あたしは調子が狂ってしまった。

「な、なんだよお前がため息なんて気持ち悪ぃな」

「あのね、なまえ。本当に、こんな事もうやめたら?本当にだよ。」

こんなこと、それが誰彼構わず金さえ出されればヤるというあたしの行動を意味しているということは一目瞭然であった。あたしがそれを始めたのは2年生になって直ぐ。だからもう1年以上こんな事を続けているもんだから裏でついた名前はお決まりのビッチ。まあ間違ってはいないから否定はしない。言いたい奴はそう言えば良いし、第一あたしがそういう人間だと分かっていても寄ってくる奴は山ほどいるんだ。世の中なんてそんなもん。あたしが首を首を振ると幸村は更にひとつため息をついた

「やっぱりあのあの時の事?」

「…っ、関係、ねえよ」

言葉が、上擦る。幸村はまるであたしの心を見透かしたみたいに言った。こいつは怖い人間だ。人間の弱いところを瞬時に見抜いて突く力があるからだ。あたしは幸村から離れるように立ち上がった。これ以上話していると、おかしくなってしまいそうだったから。

「次、授業だろ?教室戻れよ、あたしは行かねえから」

「なまえ…」

逃げるなよ、とあたしに一言言い残すと、幸村はゆっくりと立ち上がり中庭を出て行った。そのまま再びそこに座り直したあたしは、周りの校舎に切り取られた空を見上げた。あたしがしている事が間違っているんだと訴えているような、吐き気がするくらいの青空だ


「奈々…」

もういない、友人の名前を呟いてあたしはうつ向いた。

奈々は、あたしの高校で出来た一番の友達だった。可愛くてお洒落で面白くて、どこを取っても最高の友達だった。毎日一緒に馬鹿やって遊んで先生に怒られてたまに先輩に目つけられたりなんかして。それでも楽しかったんだ。だけどある日、奈々は死んだ。前日一緒にプリクラ撮ってタピオカ飲んで駅まで一緒に歩いて、また明日って手を振り合ったのに、次の日学校に来たら奈々が死んだと先生は言った。自殺だった。遺書には辛い辛いと何度も書かれていたそうで、原因は調査中。理解が出来なかった。毎日楽しいって、言っていたじゃないか。何回も電話して、何通もメールを送ったけど返って来なくて、教室を出てトイレに籠っていると同学年の声が聞こえた。

―ねえ、あいつ本当に死んだって

―嘘!まじか!でもしょうがなくない?あたしたちの丸井くんと仲良くしてさ

―死んで当然だよね!

―確かに!…あ、やべっあたし今日彼氏とホテル行く約束してたんだ

―まだ彼氏いたの?あんた

―一応キープ!本命は丸井くーん


殺してやろうかと思った。その場で直ぐ出ていって全員殺してやろうと思った。死んで当然?お前らが死ねよ。奈々は確かに丸井の事が好きだった。でも一緒にいるのも彼女の努力が実ったからだったし、彼女は一途に頑張っていた。あと少しでくっつくかな?なんて思ってはあたしも一緒に嬉しくなってた。だからそんな事を言われる筋合いなんて無いと強く思った。あたし達の丸井くん?彼氏いるんだろ?ふざけんなよ。奈々に謝れよ死んで謝れ。でもきっと、そんな事しても奈々は報われない。だからあたしは思い付いたんだ。

そんな事をほざいている女に、痛い目見せてやろうって

あたしは直ぐにその時付き合っていた彼氏、幸村と別れた。理由はいわなかった。彼の事は好きだったし嫌いになったわけじゃない。だけど、あたしは奈々の事以外考えられなかった。

そしてあたしは、トイレで奈々の悪口言ってた女子達の身元を調べて、彼氏を全員寝取った。雰囲気さえあれば簡単、男なんて所詮そんな容易いもので、あたしは容易にその女達から男を奪った。他にも、奈々の事を悪く言う女がいたらそいつの好きな男と寝た。もし男が悪口を言っていたら、そいつとヤった時の写真を校内にまいた


そんな事を繰り返している内に、あたしを金でさせてくれなんて言う奴が出てきた。年齢に関係無く。もう汚れてしまった体だからと二つ返事を出すと、校内外問わず沢山の連絡が来るようになった。感じるか?そんなわけがない。セックスをしているとき今でも思い出すのは奈々の顔。その度に吐きそうになっている。

そしていつしかそれは、自分への戒めになっていた
奈々を守れなかった、自分への戒め


「ごめんな、奈々…」

そう呟いた声は、誰もいない筈の中庭に響いた。


「みょうじなまえ」

ふと、誰もいない筈の中庭に声が響いた。足音がいくつも聞こえる。あたしが出かかった涙を拭って辺りを見ると、あの時奈々に悪口を言っていた奴やあたしが寝取った男の事を好きな哀れな女、恐らく7、8人くらいがそこにいた。ついに来たななんて途方も無いことを考えているとあたしは引っ張られるように屋上に連れていかれた。教師のひとりにさえ会わない事を、あたしはおかしく思った。




「何の用だ」

あたしがフェンスに寄りかかりながら笑顔を向けると、そいつらは全員顔を歪めた。女が顔を歪める時ほど不細工なものはないと誰かが言っていたがあながち間違いでもなさそうだ。あたしはおかしくなってしまってくくくと声を出して笑った。すると女子のひとりが思いきりあたしの頬をぶった。

パチンッ

あたしが頬を押さえながらそいつらを睨むと、リーダー格の女子があたしを恨むような目で見た。

「あんたのせいで、彼氏とは別れるし、丸井くんは構ってくれなくなるし、どうしてくれんのよ」

「そりゃ、お前に魅力が無いだけだろドンマイ」

あたしがまた笑顔でそう言い返すと今度こそ本格的に腰や腹、背中、顔、至る所を殴られ蹴られた。痛い、とは不思議と思わなくて、むしろこれより痛い思いをしながら死んでいった奈々に申し訳なくなって、だからこそ尚更、ここにいる奴等が憎く思えた




「せっかく1年前、あいつは消えたのに」




そのひとこと。
その一言だった。
あたしの全身の血が噴き出すように溢れ、沸騰しているんじゃないかと思う位体が熱くなって、気付いたら手をあげていた

―殺してやる…!!




「なまえ」

「…!」


あたしがそいつに殴りかかった時、優しい声がした。いつもあたしを説教する時の低い声ではなく、付き合っていた頃のあたしを呼ぶ優しい声。あたしの手が止まったすきにその女子たちは悲鳴を上げあたしから離れた


「幸村くん!丸井くん!!」

「みょうじさんがあたしたちのこと、殴ろうとして…」

「怖かったの、助けにきてくれたの?」


なんて身勝手な女達なんだろう。それでもあたしは言い返す気にもなれずただフェンスに寄りかかるようにして座り込んだ。幸村は終始笑顔でにこにこにこにこ。何を考えているのか分からないし丸井に至ってはひとつの笑みも無い。それどころか、あたしと同じ目をしているんだ

「助けに、ねえ。」

「ふざけんな」

ふたりは女子達を見てそう冷たく言い放った。

「これ、今から職員室に届けようと思うんだけど」

そう言いながら幸村が取り出したのは自分の携帯電話。先日スマートフォンに買い換えたとかなんとか自慢してきた白い携帯電話をかざし、再生ボタンを押すと、流れてきたのは先程の会話。画面に表示されているのは彼女らがあたしを殴る様子。その後の事は簡単で、彼女らはばたばたと無言で屋上を去っていった


取り残された、あたし。
彼らはあたしを見下ろすように立っていて、しゃがむつもりは無いらしい。無論彼らにあわせて立つつもりもないあたしはそのまま目をそらして校庭に目をやった

「奈々は、痛かったんだろうな」

「…」

「辛かったんだろうな、でも、あたしは助けてやれなかったんだ…」

いやだいやだいやだ、そう頭で拒否をしても、あたしの目からはとめどなく涙が溢れてはコンクリートに落ちてシミをつくった。悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい。彼女を救えなかったことが。なにも分かってあげられなかった事が。

憎い憎い憎い憎い憎い。彼女をこんな目にあわせた女も男も、そして自分も

「なまえ、もう、いいんだ」

幸村が、またあの優しい声であたしを呼ぶ。手を差し出す。小さい子供をあやすようにあたしに話しかける幸村は大好きなひと。だけどあたしはあの時彼ではなく奈々を選んだ。なにもかも汚れてしまったあたしがその手を取る資格なんて無い。あたしは一生、奈々への罪償って生きていくと決めたんだ

「俺、この間の一周忌参列してきたんだけどよ、」

丸井が、ぽつりと言葉をこぼした。一周忌、まだ1年なのかもう1年なのか。なにせあたしの時は止まったまま動かなくて、長いとか短いとかそんな事を考える気力なんてとっくに失ってしまっていた。そんなあたしの気持ちを知ってか知らずか、丸井は続けた

「奈々の日記、読ませて貰ったんだ」

「…日記?」


奈々、そんなのつけてたのか。知らなかった。

「お前のこと、沢山書いてあったんだぜ」

ほら、と。丸井があたしになにかを差し出した。日記だった。開くとそこには懐かしい文体で様々な事が書き綴られていた。今日はどこで買い物したとか大好きなタピオカを飲んだとか、プリクラを取ったとか先生に一緒に怒られたとか、遅刻した事も書いてあったし喧嘩したことも書いてあった。どんな些細な事も、奈々はすべて日記に納めていた。もちろん丸井と話した事も練習を見に行った事も、そこはなんだか見ていて恥ずかしくなって、すこし飛ばして読んだ。そうしているうちに増えてきた、辛い、苦しい。死にたい、の文字。日記を読むあたしの手がわなわなと震えるのが分かる。よみたくない、辛い奈々の心の声を聞きたくない。あたしの体がそう訴えるのにも関わらずあたしは必死に読み進めた。いじめの事、誰にも相談できないこと。

そして最後に、死を決意した事

もう生まれ変わりたくなんかない。

そう、書くことで彼女の日記は終わっていた。なぜここまで自分を追い詰める彼女の気持ちを分かってあげられなかったんだろう。どうして、どうして。あたしがフェンスを思いきり殴ると、閉じた日記から手紙が2通はらりとコンクリートに落下した。

「これ、」

「ひとつは俺に、ひとつは、お前にだぜなまえ」

まだ封が切られていない方の手紙を手に取ると、かわいい字でなまえへと書かれていた

震える手を押さえながら手紙を開くと、そこには確かに彼女の文字が並んでいた


大好きななまえ、愛するなまえへ

突然だけど告白します!あたし奈々はみょうじなまえが大好きです!なまえはあたしが高校に入って一番に話したひとであり、あたしの大親友です。なまえと過ごす時間は凄く早くて、いつも一日が24時間以上あればなって思ってたよ。一緒に遊んだり怒られたり泣いたり笑ったりサボったり遅刻したり、なまえとは色々なことをしたよね。最初はこのひとこわっ!って思ってたんだけど、それも今ではなまえのいいところ、愛すべきところです。そして突然だけど、あたしはなまえにお別れを言わなければなりません。理由は、もう知ってるのかな。あたしなまえみたいに強くないからさ、ひとになんか言われると落ち込んじゃうし泣いちゃうし。なまえは好きなんだから一緒にいるって幸村くんとずっと一緒にいたけど、あたしは丸井くんの彼女じゃないし、可愛くもないし。だから皆に何か言われる度にへこんじゃって。でも、あたしもなまえみたいに強くなりたくて、ずっと気にしてないフリしてなまえには相談出来なかったんだ。ごめんね、弱いあたしを許してね。なまえとはもっと一緒にいたいし、旅行とか行きたいし、おばあちゃんになっても一緒にお茶とか飲みながらテレビ見て笑いたいけど、あたしはどうやらダメみたいです。もう辛くて、苦しくて、ダメなんだ、なまえ。でも最後までなまえに頼らなかったあたしって偉いかな?ふふ、そうだよね。

「奈々…」

ねえ、なまえ、もしあたしがいなくなっても約束してね?ひとつ目は幸村くんと仲良くすること、別れたとか言ったら許さないんだから!ふたつめは、丸井くんを宜しくね?変な女がつかないように見張ってて!あと、彼が幸せになれるように助けてあげて。そして最後に、なまえ、幸せになってね。
なんでも自分のせいだっていうのはなまえの長所で短所。あたしはそんななまえが大好きなんだけど、でも責めすぎちゃダメ。なまえは悪くないんだから。だからねなまえ、幸せになって。あたしの分まで幸せになって、それでたまにはあたしに報告に来てくれる?今日は何したとかどんな事があったとか。それが最後のお願い。
わかった?なまえ?

じゃあ、手紙なんて恥ずかしいこと久しぶりであんまりうまく書けないんだけど。許してね。いつまでも愛してるよ、なまえ。ありがとう。

元気でね。



追伸
もしも、なまえがまた親友になってくれたら、その時なら、また生まれ変わってもいいかな!なんてね。じゃあ、またね!



「奈々、奈々…奈々ぁ…」

手紙なんてとっくに涙で見えなくなってしまって、それでもぼたぼたと滴があたしの手の甲や手紙に落ちていく。奈々、あたしの大好きな奈々…ごめん、ごめんな…

「なまえ、」

「ゆき、むら…」

「もういいんだよ、なまえ、約束、破るわけにはいかないだろう?」

「な、で…それを」

「お前が約束を破らないよう見張るのが俺と奈々の約束なんだぜ!」

あたしの頭をゆったりと撫でる幸村の後ろから、同じように瞳いっぱいに涙を浮かべた丸井が得意そうにふん、と鼻を鳴らした。ばかだな、丸井。お前こそ、約束破んじゃねえぞ?

「なまえ、奈々の事はブン太に半分任せてさ、俺にその時間をくれないかな?」

また昔みたいにさ、なんて格好よく言う幸村の手を未だに取るか否か悩むあたしにお構い無く幸村はぎゅうとあたしを抱き締めた。あたたかい。それだけで、またやり直せるかもしれないと希望を抱いてしまった

「あたしは、汚れてる…」

「俺が浄化してあげるよ、なにせ俺は神の子だからね?」

「馬鹿」




奈々、なあ、奈々。
元気か?
あたしは、今日も、元気だ







おわり
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

リクエスト頂いたゆゆさまへ捧げます、幸村でした。こんなんで大丈夫でしょうか?なんかぐだぐだしてませんかね?わけありなビッチと幸村というリクエストだったのですが…なんか、ごめんなさい。丁度暗い感じのが書きたくていたらこんな感じに…こんなので宜しければお持ち帰り下さいませ。リクエストありがとうございました!




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