大人になっても
子供の頃の気持ちで


「跡部、誕生日おめでとう」

「相変わらずだな、お前は」

「そう?跡部はだいぶ社長になる準備、出来てきたって感じだけど?」

「そんな事ねぇ」

中学からの付き合いであるみょうじなまえはどこにでもある一般家庭のどこにでもいる普通の女だ。金持ちでもなければ帰国子女やわけあり、といったような他とは違ったスペックを兼ね備えている訳でもない普遍的な女子生徒だった。なんとなくという理由で氷帝に入学、しかし学費の高かったうちの学校で楽なんて出来る筈もなく中等部から高等部へと進学すると共にバイトに明け暮れていた高校時代を経て、それでもまたなんとなくという理由で俺と同じ大学を受験、合格。そして卒業後俺達はそれぞれ違う会社へと就職。俺は父親の会社を次ぐため、なまえは企業へと就職していった。

何故、こんなに彼女の事を知っているかというと、勿論同じ大学まで出たのだから共に過ごした時間も長い。しかし一番の理由は、俺がこいつに興味を持っているからだ。それももう十数年間、俺はずっとこいつへの興味を絶やさないまま今に至っている。

「今年も盛大にするわけ?誕生日パーティー」

「ああ、今うちの者が準備をしている所だ」

「毎年毎年、よくやるよねあんたのとこもさ」

貸し切った小さなレストランにふたりきり、この場を設けてくれたのはなまえだ。高校一年の時の誕生日の前日、予定を空けておけと言われ連れてこられたのが当時彼女がバイトをしていたこの小洒落たレストランだった。あの頃はただ他の客に混じって店長が特別にと出してくれた小さなホールケーキをふたりで食べた。それから毎年毎年、誕生日の前日はふたりだけでこの店に来てケーキを食べた。大学に入ってからもなまえはここでバイトを続けていたために大学に入ってからもここへきて誕生日の前日を過ごした。変わったのはケーキの他に決して高級品では無かったがシャンパンや食事がつくようになったという点で相変わらず周りの客と一緒に食事をした。そして大学卒業後も、彼女はなんと誕生日の二週間前に突然連絡を寄越し変わらず誕生日の前日を空けておけと俺に言った。大学を卒業し連絡の途絶えてしまった彼女に絶望していた俺はたまたま入っていた会議をキャンセル、彼女のもとへ駆けつけた翌日、父親に酷く叱られたのを覚えている。

それから何年もこうして彼女は俺をこのレストランに招待してきた。ここ数年で変わった事、といえば彼女がついにこのレストランを貸し切るようになった、という事実。やっと仕事が板について生活にも精神的にも余裕を持てるようになったという事なのだろうか。

「跡部、明日でいくつ?」

「馬鹿かお前は、お前と同い年だろうが」

「ふは、確かに。じゃあ26だね」

26歳、正直なんの区切りでもないように見える26という数字は大きな意味を持っていて、実は俺がこの店に来るようになってから10周年。そしてこの店自体は20周年を迎える。変わることの無い店の風貌を見ていると昔に戻ったような錯覚を覚える。互いにスーツではなく制服を着て、たまには私服で着飾り笑いながらケーキをつつき合った学生時代。あの頃はただ一重に大人になりたいと願っていた気がする。多くの事を知りたくて沢山のものを見たくて、俺は足掻いていた。

「お前も、もう26か。結婚は」

「結婚?なにそれ美味しいの?相手から探さなきゃ。跡部こそ、綺麗な婚約者さんとかいないわけ?」

出されたパスタを食べながらくすくすとおかしそうになまえは笑った。その仕草は昔の面影を残しつつもすっかり女性へと成長していた。当たり前、と言われればそれまでかもしれないが彼女は確かに、女になっていた。結婚、なんてどれだけ先の話かと思っていたのにそれは近い未来、もしくは現在となって存在している。彼女が俺の知らない誰かと結婚してしまうのか、と思うと変に胸が苦しくなる。自分から話を振っておいて、全く惨めな話だと自嘲した。

「俺は、いない」

「え?いないの?なんだ、あたしてっきり来年辺り結婚しちゃうのかな、なんて思ってたのに」

「アァン?なんだ、お前俺に早く結婚して欲しいのか」

「は、何?それ。でもどうかな、いつまでこうして二人で誕生日の前祝い出来るのかなっては考えるよ」

「…そうだな」

なまえの言っていることは正論だった。いつまでもこうして昔のまま少しずつの変化にさえも敏感になりながら会い続けるのには限界があるということは俺も従順承知だ。いつか終わる、いつか終わらせなければいけないと、頭ではとうに理解していた筈なのに結局関係に変化をもたらす事も出来ずに俺達はここまで来たのだ。

俺達は恋人でもなければきっと、友人でさえ無い。
誕生日の前日に会う少し変わった知り合い。昔の俺たちであれば友人くらいには言えたかもしれないが今となってはそれさえも危うい。ぼーっと、目の前に出された二人分サイズのチーズケーキに刺さる26というろうそくを眺めるとすでに自分の年齢はろうそく1本ずつでは足りないくらい大きくなったのだと思い知らされる。憧れていた、しかし心のどこかでは心底なりたくなかった、大人に俺はなったのだろうか。

「ハッピーバースデー、跡部」

軽く息を吹き掛けただけで消えてしまう二本のろうそくと俺を交互に見ながらなまえが笑った。真っ暗になったかと思えば店長の手によって直ぐに店内は明るく色を取り戻し、同時に俺は、なまえが泣いていると知った

「おい」

「遠く遠く、あたしが知らないところに行っても、たまにはあたしを思い出してね」

俺の言葉には耳も傾けず鞄の中から取り出した縦長の薄い箱を俺に向けるなまえが、言わんとしている事が痛いくらい伝わってきて、この箱を受け取ってしまったらこれが彼女と会う最後になってしまうような気がした。彼女とは年に一度しか会わず連絡も取らない筈なのにその1が0になることを、俺はこんなにも恐れ、嫌悪している。

箱を俺に向けたまま、涙を浮かべたまま微笑むなまえが痛々しくて、俺は鞄も持たないまま箱を差し出す手を引いて店の外へ彼女を連れ出した。外は冬に向けすっかり寒空になり上着の一枚も羽織らない俺達には酷く堪えるかと心配もしたが存外、興奮のせいか飲んでいた酒のせいか、それを感じることはなくむしろ心地の良い夜だと思った。

「跡部、ねえ、跡部」

外へ出るとすぐ、だだをこねるような声でなまえが俺を呼んだ。手首を掴む手に力が入りすぎていたせいなのか寒さのせいなのか、それともそのどちらでもない何かなのか、なまえの顔は歪んでいた。それを美しいと思う俺をおかしいとひとは笑うだろうか。しかしそれでも構わなかった。

「なまえ」

「なに」

「誕生日の前日に、もうお前とは会わねえ」

俺がそういうと彼女は声を上げること無く顎を引き、うつ向いた。たった今、俺の興味の名前が分かった。興味執着必要以上の情、期待、

その理由は、愛だ

「これからは誕生日当日に、誰にも邪魔されず、ふたりきりで過ごせばいい」

「…あと、べ?」

「俺の隣にいろ、俺様の隣をお前のためだけに空けておいてやる、一生な。」

ぽかんと、口を半開きに俺を見つめるなまえの手首を握りしめる手を引き寄せ自らの胸中に彼女の小さな体を埋めても尚、彼女は状況が理解できていないらしい。少し間が空いた後、今度は突然笑い声が聞こえてきたので胸の中にいるなまえに目をやると彼女はまた、瞳に涙を浮かべながら笑っていた。但し先程と違う事は彼女の瞳に悲しみの色が見えないということ。俺は途端安堵しはあ、と大きく一息ついてしまった

「偉そうに」

「アァン?俺様は偉いからな」

「はいはい偉い偉い。」

「はあ?なんだその態度」

「だって、ねえ?それより跡部、それってあたしの事が好きってこと?」

抱き締める俺の腕をすり抜け俺の正面に真っ直ぐに立ったなまえがにっこりと満面の笑みを浮かべながら視線を反らすこと無く俺を見た。分かってるだろ、なんて安い言葉じゃなまえを捕まえられない事くらい当に分かりきっている。だから跪くなんてありふれた事はせずシンプルに彼女の手を取り甲にちゅ、と軽く口付けた。この行為でさえ彼女にはロマンチストと笑われるかもしれないが。

「好きだった、お前をずっと。これからは一生を懸けてお前を愛する」

「ふふ、お互い様。あたしなんか跡部よりずーっと前からあんたの事、好きだったんだから。高校も大学も、なんとなくじゃなくてあんたがいるから、そこに進学したんだよ、馬鹿」

負けじと彼女を見返すと恥ずかしそうにはにかみながら俺の手をぎゅ、と握り返す彼女がいとおしくて。彼女の口から溢れる言葉のひとつひとつが俺の心臓を打つから。そのまま手を引き再び彼女を強く抱き締めた

「もう離さねえよ、なまえ」

「そうして頂けると有難いです、跡部社長」

「お前、この状況でよく「あ、これプレゼント。いい加減受け取ってよね」

俺の言葉を遮り彼女はずっと右手に握りしめていた箱を俺の胸に押し付けた。反射的に落ちないようにと手を伸ばすと彼女と手が重なったので思わず顔を赤らめてしまった。柄にも無い。だがなんとなく、それは関係が変わったせいなのかなんなのか、今までは味わった事の無いような感覚だった。

「これは「ネックレス。あんたがいつも買ってるようなとこよりは断然安いけど」

「構わねえよ、どんなものよりもこれが一番高価でひとつしか無いお前から貰った初めてのプレゼントなんだからな。」

「恥ずかしい事を当たり前のようにってか、あれ?プレゼントあげたこと、無かったっけ?」

「ああ。まあ俺もお前にプレゼント、したこと無かったけどな」

「それは当然じゃん?誕生日誰にも教えてないんだし。」

「まあいい。来年からは俺様がお前のために最高の誕生日を作ってやるよ」

「期待してますよ、あとケーキ食べようよ」

なまえの頭をくしゃくしゃと撫でるのと同時にしびれを利かせたなまえが声をあげた。そこでようやく店を飛び出してきた事を思い出した俺は再び彼女の手を引き、店内へと足を踏み入れた。店に入ると店長とその奥さんが微笑ましげにおめでとう、と言ってくれた。ああ、幸せだ、なんて事を思いながら俺も20周年祝いだと店長夫婦に持ってきていた国内温泉巡りのプランを詰め込んだチケットを渡した。そうして貰った夫婦の笑顔を見て、また幸せだ、なんて思ってしまった

「なまえ」

「なに?」

「やっぱ来年の誕生日も、ここでいいか?」

「ふは、勿論。跡部様の仰せのままに」

時が経っても大人になっても、関係が変わっても

俺達は変わらずここにある




Happybirthday KEIGO 2012

mae tsugi


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