飛び込み部の跡部と、マネージャー



ザパーッンと、水飛沫の上がる音が聞こえた。視力の弱いあたしが慌てて眼鏡を掛けテントの中から目の前のプールに目をやると、そこには既に事を終え全身から水を滴らせた彼がサイドからゆっくり上がってきているところだった

「跡部」

「ああん?みょうじ、俺様の華麗な飛び込みに惚れたか?」

「見てなかったよ」

「…チッ、だからお前は」

差し出すタオルを乱暴に掴むとテーブルに並べてあるドリンクの入ったボトルに目をやりそのひとつを空いている手で持ち上げると一気に飲み干す、彼はうちの飛び込み部の新部長。跡部景吾。専門はスプリングダイビング(弾力のある板をバネに飛び込みをする方)高飛車でやることなすことぶっ飛んでる金持ちのボンボンのくせに実力は目を見張る程の将来有望な自意識過剰。悔しいがこの男が、今までマイナーとばかり言われてきた飛び込み部を盛り上げたのだ。

そしてあたしは、マネージャー1。彼とは多くの接点がない。中等部の時にマネージャーをしていた時はあたししかする者がおらずぱたぱたと沢山の部員の元へ走っては話す機会もそこそこにあったわけだが高等部に進学し、突然入部してきたのがこの男。天変地異かなにかかと思う程の容姿に、物の言い様。校内でも暫く噂になったが結局は実力が認められた。そんなあたしも彼に目を奪われたひとり、という事は誰にも言っていない。別に付き合いたいわけでもどうなりたいわけでもなく、ただなんとなくいい関係を維持できれば、なんて事を1年の始めに思った。飛び込み部自体も跡部(の容姿)のおかげか何なのか突然沢山のマネージャー希望者が出た。あたしは中等部からずっとマネージャーで先輩方も知っているひとばかりだったからすんなり入部出来たものの、他の子たちは面接なんかもしたらしい。だから1年の時までは彼の周りには常にひとがいて、あたしがわざわざなにかをしなくても彼女達がしてくれていた。結局2年になる時に先輩達が偏った仕事しかしないと彼女達を皆退部させてしまったが故に今になってやっと、少しずつ彼とも会話をするようになったのだが、先輩マネージャー達は前回の大会を最後に引退。代替わりという事で
跡部が部長、あたしは先輩マネージャーになったのだけれど入ってきた後輩マネージャーの子達の中にも跡部目当ての子がいた。しっかりやってくれる子もいるし、あたしが中学の時の後輩もいてその子達はちゃんとやってくれている。だからこそ跡部が目当てだという子はとても目立ってしまうから先輩達のように仕事くらいしっかりやれと言ってやりたいが生憎あたしはそんな根性も勇気も持ち合わせていない。それに、そうして堂々と彼の横にいられる彼女のことが、少し羨ましかった

とにかく再び、跡部以外の部員と部員を渡り歩き彼とは最低限の予定や遠征の話くらいしかしない日常が戻りつつある、というのが現実だ。

「てか跡部先輩、選抜に選ばれたんでしょっ?アメリカ遠征かー引率のマネージャー、誰を選ぶのかな」

「水城さんじゃない?最近跡部先輩とずーっと一緒にいるし」

「確かに。でもなんか、媚びてるって感じで好かないんだよねあたし」

「それは同感。絶対飛び込みとか、興味無いんだろうなー」

「それ以前に泳げなさそうだしね」

空になったドリンクのボトルを洗おうかとカゴを抱えて水道が並ぶプール脇に足を運ぶと、上のプールサイドでフェンスに寄り掛かりながら後輩達がそんな話をしているのを耳にした。そういえば、そんな事を前回のミーティングの終わりに顧問が言っていたような気がする。だから夏休み、跡部は殆ど日本にはいないとか。マネージャーの引率の話も聞いていたが、きっと彼を好いている誰かが立候補するだろうと気にも留めないでいたのを今更思い出した。あたしが行かなくても、と思った。それでも欲を言えば彼があたしを選んでくれたらいいなんてことを思ったような気もしたけれど、そんな事さえ忘れていた。

「なんや、マネージャーの引率、なまえちゃんが来てくれるもんやと思っとったんやけど」

「あ、忍足。いつの間に。てかあんたも選抜、選ばれたんでしょ?頑張ってきてね」

「他人事やなあ、なまえちゃんは。」

「実際他人事だしね」

「冷たっ、せやけど、ほんまになまえちゃんが行くんがええんとちゃうか?」

バチャバチャと音を立てながらボトルを洗うあたしに構うことなく話を続ける忍足侑史も高等部になって突然入ってきた能力者。恐らく部内で跡部と同じくらい高い評価のつく演技が出来るのはこいつか、向日くらいなんじゃないかと思う。ちなみに向日はももともとアクロバットが得意だった中等部からの部員。

洗い終えたボトルを戻そうとカゴに手を掛けたところで、あたしがそれを掴む前に忍足がそれをひょい、と持ち上げた

「なにすんのさ」

「いやほんま、正直、アレや。俺あの子苦手やねん」

「あの子?って、ああ。一年の」

「仕事もせえへんと、跡部の隣にばっかりおるやんか。ほんでそのまんま遠征にあの子だけが来よったら終わりや、終わり」

おどけたように話す忍足はいつも本来よりもだいぶ大袈裟に物をいう。だからきっと今回も、面倒ごとが嫌であたしに立候補しろと遠回しに言ってきているのであろうが、仮にあたしが立候補してあとから一年の子に睨まれるのはそれこそ面倒だし、跡部だって話慣れた子がいいんじゃないかと思う。他の選抜の部員たちには非常に申し訳ないけれど。
あたしがただかぶりを振って忍足からカゴを奪うと、今度こそ盛大に溜め息をつかれた。

「そんな事言ったって、同じマネージャーじゃないの」

「せやかてな「おい、みょうじ」

あたしが忍足を振り切って再びプールサイドに続く階段を上がろうかと目線を階段の最上段に向けたとき、その終わりに立っていた誰かがあたしの名を呼んだ。逆光で目が霞む。目を細めて一応誰なのか確認するも、その特徴的な声はそんな事をしなくたって一発で分かる。

「何よ、跡部」

跡部景吾、そのひとだ。

「お前、何か勘違いをしてるみてえじゃねえか、あぁん?」

「勘違い?なんの」

ゆっくり階段を降りてくる跡部の姿はなんとなく威厳がある。その様子に気付いたのかフェンスにもたれていた後輩マネージャーふたりもあたしたちに視線をやるのが分かった。そういえば、水城さんがいないな、なんて途方も無いことを考えながら振り向くと、そこに忍足の姿はなかった。

「来月に行われる遠征、引率マネージャーはお前だととっくの昔にオーダー出してんだよ」

「え?」

「うちのマネージャー代表はお前じゃなかったのか?あぁん?元々お前以外の奴は考えてねえ。それに遠征先じゃ、俺の演技だけを見ときゃいい。今まで俺の演技を見られなかった分、しっかり目に焼き付けるこったな」

そう、自信たっぷりに憎まれ口を叩く跡部が、なんだかとっても男らしく見えたせいであたしは思わず頷いてしまった。

「精々緊張して変な演技になんないよう、見ててあげてもいいよ」

そう憎まれ口を叩いたら、跡部は意外にも面白そうな笑みを浮かべたものだから、どくんと一度、あたしの心臓が大きく跳ねたような気がした



――――
飛び込み部じゃなくても良かったよねっていう

mae tsugi


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