※悲恋注意
好きなんかじゃないくせに
同情なんかしないでよ
「ねえ、今年の文化祭の最後にやるマイムマイム、誰とするの?」
「…相手など決めておらん」
「ふうん、なら、あたしとしようよ」
「…ああ」
あたしは知っている。あたしの好きな相手、真田弦一郎には好きな子がいる事を。それがうちのクラスにいるあの子だって事も。だから、あたしのこの恋が叶わないと言うことも。それでもあたしは足掻くように、真田に好意を寄せる。彼には悟られないように。いやあるいは、もう既に気付かれているのかもしれないけれど。
真田とは幼馴染みだ。小さい頃からずっと一緒にいて、一緒に育って、彼が心を許す女はあたしくらいだなんて鷹をくくっていた。中学の頃までは。だけど高校に入って彼はある女の子に出会った。美人でも目を見張るくらい可愛い子でもない。だけどその子は明るくて何にでも一生懸命で、何よりよく笑った。真田はそんな彼女に惹かれた。否、今でも惹かれている。あたしはそれを知っているし彼からも相談された。相談された時は絶望したしどうしていいのか分からず彼を避けた事もあった。だけど彼のことを、諦めきれずに結局今もこうしてとなりにいる。幼馴染み、というずるい立場を利用して。
「なまえは、俺でいいのか」
「だって、あたしも相手いないし」
「柳が、お前を誘いたいと言っていたぞ」
「そう?」
毎年、文化祭の最終日には全学年合同でキャンプファイヤーを囲みながらマイムマイムを踊る。学年に関係無くパートナーを選べるマイムマイムは、いつの間にか思い思いの人と参加出来る催し物となり、告白するには絶好の機会、それにこのキャンプファイヤーの前で告白をし、付き合うことになればその二人は永遠だ、なんていうふざけたジンクスまである。
文化祭の最終日、実行委員たちが懸命に大量の薪をつみあげるのを教室から真田とふたり、眺めながらぼうっと考えた。
真田はきっと、あの子と踊りたいはず。そしてあの子も、真田と踊りたいんだ。それでもお互い恥ずかしがり屋で遠慮がちで硬派だから誘うことが出来ない。そうして月日は過ぎ、今年でこの文化祭も最後になった。真田は去年までの2年間、あたしとパートナーを組み続けている。あたしと彼が付き合っていると噂をする生徒もいたが事実では無いことを、あたし達は分かっている。それが事実ならどれだけ良いか、そう考えるのはあたしだけだろう。
「あ」
「…始まったようだな」
「行く?」
「ああ、」
キャンプファイヤーに火が灯され、散り散りになっていた生徒たちがどんどん集まってきた。校内にいた生徒たちもなんだかんだと騒ぎながらもパートナーと手を取り校庭へと駆けていく。あたしは今年も、距離を埋めることも縮めることも出来ないまま、真田とゆっくり校庭に足を向ける
今年で最後か
彼とあたしの進路が違っている事は分かっている。来年からあたしと彼に接点は無くなるしあたしは神奈川を出る。これはあたしが選んだ事だ。真田と決別しなくてはいけない。それにはこの地を離れるのが一番だと、誰かが教えてくれた。
最後なら、最後くらい、気持ちを打ち明けてしまおうか
そんな安易な考えが、あたしの頭をよぎった
「ねえ、真田」
校庭に向かう足取りが重くなる。真田はゆっくりと足を止め、あたしに振り返った
「なんだ」
「あたしさ、「真田、くん!」
「…お前、は」
あたしの声が想いが、彼に届くことは無かった。視線の先にはあの子の姿。走って彼を探していたのだろうか、息絶え絶えに真田を呼んだ。彼の目が見開かれる。対照的にあたしの心は閉鎖的になる。彼の声も彼女の声も途端あたしの耳に届かなくなった。彼が申し訳なさそうにあたしに目を向けた。何が言いたいのかは分かっている。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
いかないで
「うん、いいよ。あたしどうせ、この後用事あるし」
そんな本心とは裏腹に、あたしの口からはそんな忌々しい言葉が喉を伝って溢れた。今あたしはどんな顔をしているのだろうか、うまく笑えているだろうか。そんな筈は無いだろう。その証拠に真田はやはりみょうじと、なんて同情じみた言葉を吐いている。そんな言葉は要らない。あたしが好きじゃないくせにそんな言葉なんて聞きたくない。あたしは彼の言葉を無視して踵を返した。今度こそ彼らの会話になど耳を傾けず。
教室の前で再び彼らの方に目をやると、手を取りはにかみ合う姿が見えて
胸が押し潰されそうになった
「滑稽だな」
教室から、聞きなれた声が聞こえてきた気がした。
おわり
実は柳さんの連載に繋がる00話目。
mae tsugi