干物女と秀才男
「あっつ…」
梅雨が明けたばかりの晴天というものは人間の体力を著しく消費させてくる。それはあたしも例外ではなく、自宅から15分の距離のスーパーへ赴くあたしの体からはとめどない汗が沸くように流れていた。
「くっそ、兄ちゃん…殺す…」
じゃんけんで負けたあたしは、4つも上の大人げない兄の使いっ走りとしてトイレットペーパーと洗顔フォームを買いにやってきたわけなのだが。暑い、遠い。そして何故我が家はこんなタイミングで生活に絶対必要なタンクトップにプーマの短パンを履いたあたしは干物同然。自分の通う学校が近くになくて本当に良かったと思う。こんな姿見つかったら世の終わり、人生の終わり。あたしの努力が水の泡。折角3年間学校ではしっかりきっちりなんでもこなせる偉い子をやり通して来たのだからオフなあたしを見られるわけにはいかない。さっさと帰ってエアコンの利いた部屋でアイス食べながら牡丹と薔薇の再放送でも見よう。そうしよう。ドロドロしよう。
そんな気力のおかげかなんとか自動ドアの前に辿り着き手の甲で汗を拭いたあたしはあと一歩、あと一歩で店内という名の天国へ到達しようとしていた
もう少し、もう少し…財布を持っていない方の手を思わず自動ドアに伸ばした時だった
「…あ…」
「……お前…」
あたしの横に立つひとの影。自動ドアに映る、見たことのある薄目。自動ドアが開く音と共に思わず漏れた、あたしと奴の声。あたしの人生が終わる音がした。
「何をしているんだ、こんなところで、そんな姿で」
「ひ、柳蓮二…なんで、ここに…」
苦し紛れの睨みを利かせたらモノスゴク汚いものを見るような目をされてしまった。傷つくよ、そんな目をされたら傷ついちゃうからね。しかしそんなあたしの思いを柳は受け止めてはくれなかったらしい
「…醜いな、お前」
「醜いっていうな細目えええ」
「同情なわけじゃないがお前、哀れだぞ。女、というか人間として」
そんな事を言われてしまった暁にはもう目から涙が…あ、しょっぱいこれは汗か。まあそれはいいとして、あたしはこの非常にまずい状況をどう切り抜けるかを必死に考えたが、全く答えが見つからない。全然見つからない。暑い世界が突然寒くなったのは店内のクーラーのお陰ではないのは確かだった。
「お前、全然…違うんだな…」
決定的な一言。醜いにもそうとうショックを受けたけれども、言い逃れが出来ない、決定的な一言を言われてしまった。イメージと違う。それは、あたしの今までの努力を全て無にしてしまう悪魔の言葉だった。終わった、あたしの努力も人生も。あと半年だけだったのに…
「はあ…人生…あたしの学校生活…終わった、終わった…」
しかも、データ収集が趣味というなんとも悪趣味な柳に見つかるなんて…来週からどうやって学校にいけばいいのだろう…
皆に笑顔で挨拶しても、
【でも休日はだらしないんだろ?】
例えテストで満点取っても
【でも休日は女子力0だろ?】
例え彼氏が出来ても
【でも休日は化粧のひとつもしないんだろ?】
そんな事を言われてしまうんだ…あああ…最悪、最悪だ…柳に顔向け出来るわけもなく、しかし買い物はしなければいけないわけで。あたしは物凄く低いテンションで柳の前を通りすぎた。
柳はというと、特にあたしに話し掛ける事無くどこかへ行ってしまった。これでも柳とテストで順位を争う事もあるあたしのこんな干された姿を見て落胆してしまったのだろうか。なんにせよお仕舞いだ。暑くてかいていた汗がいつの間にか冷や汗に変わったあたしはとりあえず用事を済ませて家に帰って週明けからの生活を考える事に決めた。
「よし、…そうと決まれば早く帰ろ帰ろ」
あたしは頼まれたトイレットペーパーと洗顔フォームを素早く探し出しレジへ急いだ。途中飲料コーナーを横切った時に飲みたくなったフ〇ンタを一本追加しレジに並んだ。の、だが
「1760円になりまーす」
「し、まった……」
10
円
足
り
な
い
財布にはきっかり1750円。バイト代が入るのが月曜日なあたしにこれ以上の金はどこにもない。ポケットを探しても、下を見てもどこを見ても、10円はない。やばい。今更10円無いからフ〇ンタ外してくださいなんて恥ずかしくて言えないけど、他に方法がない。飲みたいし買いたいし恥ずかしいけど他に方法がない。そして何より、
( 柳に見られたらそれこそ笑い者だ… )
「あの、すいません、そこのファ「このポン酢と一緒に計算してください」
あたしが勇気を振り絞って店員さんに声を掛けたとき、あたしの声に被せるようにして誰かが言葉を発した。
他の誰でもなく、柳だった
「2260円になりまーす」
まるで事を予想していたかのように2260円をきっちり払い、あたしのトイレットペーパーと洗顔フォームを持ってくれた上でフ〇ンタだけを無言で手渡された。
そして、無言のままスーパーという天国から地獄へ足を踏み入れたわけだが。
「あのー…や、柳?」
「なんだ?」
「お金…」
「いや、構わない。気にするな」
「でも…」
「そんな事より、みょうじの家はどっちだ?」
なんとなく、はぐらかされてしまった。まあ後で…最悪でも月曜には学校で受け取ってもらう事にして、特に拒否も出来ずに柳にこの炎天下の中送ってもらうことになった。この格好のあたしを長時間見られるのは本当に嫌なのだが、お金も払ってもらって荷物まで持ってもらって。しかもこんな汗だくの適当な姿を見られているわけだからそんな相手に意見なんて出来る筈もなく。
お互い特に何を話す事もなく、たまにあたしが暑い。太陽嫌い。と言うと、柳もそうだな。と返すだけのやりとりを繰り返しているうちに自宅が見えてきた。
「あの、柳…」
「なんだ?金の事ならもう良いぞ?」
「いや、その…ありがとう」
他に言いたいことも沢山あったけれど(特に今日のあたしについてとか)、とりあえずあたしは柳から自分の荷物を受け取り頭を下げた。すると柳は意外にも少し驚いた表情をしていた。
「ああ、気にするな…」
「ん?どしたの?」
「いや、てっきり今日の自分の服装とかそういう事を学校で他言するなと言われると思っていたものだから、予想外だ」
ぎくり。本当はそれも考えてはいたのだけれど。あたしは受け流すようにはははと笑った。さりげなく釘を刺せば良かったか、なんて思ったが言葉が思い付かずそんな事無いよ、なんて思ってもないことを口にしてしまった。
「なんだ、なら言ってもいいのか?」
「ダメですやめてくださいお願いしますなんでもします」
墓穴を掘った。やらかしたな、なんて思いながら柳を見ると柳は存外、おかしそうに笑っていた。柳がおかしそうに笑うなんて意外で、あたしはぽかんとしてしまった。するとそんなあたしを見た柳はすまない、と一言言ってくれたがまだ少し楽しそうだ。
「すまない、お前が、あまりにも必死に否定するものだから」
「だって皆にバレたらあたしのイメージが!!」
既にもう柳にはばれてしまったのだが。それでも他のひとたちに知られるのは本当に、困りものだから仕方がない。あたしが必死で弁論すると、柳はまた意外だ。とでも言いたげな表情をあたしに向けた
「そうか、だが、他の奴等は分からないが少なくとも俺は、悪くないと思うが」
なんて、あやうく聞き逃すところだった。あたしは思わず素で反応してしまった。普通に目を見開いて、え?と返してしまったのだ。ごめん、柳
「完璧じゃなくて、抜けてるところがあるということは、お前も人間だって事だからな」
と、おかしそうに柳は言った。元々あたしは人間なのだけれど。そんな事を言われてしまうと調子が狂ってしまう。それに完璧、という点を言うのであれば
「柳こそ、完璧じゃないの」
成績優秀スポーツ万能容姿端麗。完璧とはこいつか幸村のためにある言葉だと思う(幸村には怖くて言えない)
「いや、俺は完璧じゃない」
「どのあたり?」
あたしがそう質問すると、柳は黙ってしまった。なんなんだこいつ。しかし、暑さが増し始めいよいよ溶けてしまいそうになってきたあたしはじい、と柳に歩み寄った。すると柳はまた笑みひとつ浮かべ踵を返してあたしに背を向けた
「そうだな、学校では完璧を装っている奴の素を見たらそっちの方が可愛い、と思ってしまうところ、だ。俺も完璧じゃない。」
「な、に、急に」
不意をつく発言に心臓が跳ね上がってしまうかと思った。あの柳が、こんなことを言うなんて。ダメだ、持っていかれそう。耐えろ、と心の中で葛藤を繰り広げるあたしのことを知ってか知らずか、柳はゆっくりと歩き出した
「そういえば、出会い頭に言った全然違う、とは学校より今の方が飾っていなくて良いという意味だ」
そしてあたしは今度こそ、 暑さのせいではない何かにほだされてしまったのであった
小さくなっていく姿を見ながら、頑張るの少し休憩しようかな。なんて思ったのは秘密だ
( お前なんでそこのスーパー行くのに2時間かかってんだよ。トイレ行きたくてずっと待ってたんだぞ俺 )
( すまない兄よ、可愛い妹のためなのだ。てか兄ちゃん、牡丹と薔薇録画しててくれた? )
おわり
途中でちからつきた作品
干物と柳。
ちよっと、また書きたいな
なんておもってます
mae tsugi