柳蓮二が、
書店の店員だったら







「あ、本当に柳だ?」

「いらっしゃ…みょうじじゃないか、どうしたんだお前、お前が本屋に来る確率は3%未満かと思っていたのだが」

「あんたあたしの事なんだと思ってるわけ…?」



柳が大学近くの本屋でバイトしているとうちの科でちょっとした話題になり、どんな様なのかとやってきたのだが、本当にバイトをしていた。

柳とは中学からずっと一緒の腐れ縁みたいなものがあって、もう何年も何年も、同じクラスだ。大学に入学した今年もそれは変わらず、事もあろうか科まで被っていた。

小学校からテニスばかりをしてきたという柳が、どんな風の吹き回しで今バイトをするという現実に至っているのかは疑問だが、本屋、というのが、なんというか。


ベストマッチな気がする



「何を買いに来たんだ、お前」


なんて冷たい冷たい優しさの欠片もない店員の発言に若干の傷を負いながら、あたしは本当にたまにしか来ることの無い本屋を見学する事にした。

元々そんなに広い書店ではないここは、全体を行き来するのにさほどの時間を要しない。それどころか今は店内にあたしと柳しかいないものだから、少し大声で会話しても問題が無い。



「雑誌?いや、漫画?」

「勉強する気は無いのか…?」



と、困り果てたような、半ば呆れた声がレジから聞こえてくるが、そんな事を言ったって。と心の中であたしは反論した。入学したばかりなのに、勉強?1年生は遊ぶしかないだろと思う。

あたしは柳の声を無視し近くにある漫画コーナーに足を向けた




「お、これナ〇トじゃん!もうここまで出たの?あたし暁壊滅してから見てないんだよねー」


久しぶりに手に取る漫画には本当に興奮する。もう一度漫画を集め直そうか、なんて楽しい気分に浸っていた時

バコンッ


「いでっ」


分厚い六法辞典?みたいなので後ろから思いきりぶんなぐられた。馬鹿野郎あたしの楽しい漫画ライフを、と後ろを見ると、ため息をつきながらあからさまにゴミ虫を見るような目をした柳が立っていた。

さっきまでレジにいたくせに



「お前…本当に参考書とかその類いのものを買う気は無いらしいな…」

「当たり前だろ馬鹿め!1年生のうちは遊ばなきゃ損だよ損!柳も、参考書じゃなくてエロ本とか読んだら?!ちなみにおすすめのAV女優はあ〇かキララ!」

「お前、昔から底辺の生活を送ってきたんだな…」



と、今度は憐れみの目を向けてくる柳。ちくしょう、これじゃああたしが変態みたいじゃないか。健全だ。あたしはともかくこの年代の男子がエロ本とかAVとかで盛り上がるのは健全な事な筈だ。


「柳はさ、部活とかでAVとかエロ本とか持ち寄って皆で見たりとかしなかったわけ?」

「皆テニス以外に興味は無かった」



「全員ムッツリだったのね、真田も幸村もその他も」

「お前、たまに幸村に似てるぞ」

「やめてー魔王様と一緒にしないでー」


是が非でも遊ぶなんて事をしようとしない柳。今度エロ本買ってかばんに忍ばせてやろう。そうしよう。あたしは柳の説教を潜り抜け、今度は雑誌のコーナーにやってきた。



「お?」


そこには発売されたばかりの映画雑誌が並んでいた。昔から映画を見るのが好きなあたしはそれを手に取り、所謂立ち読みを始めた。


「お前という奴は…」


はあ、とため息をつきながらレジに戻ろうとする柳を尻目にあたしは今月公開の映画特集に目をやった。アクション、ホラー、邦画洋画。様々なジャンルの映画が公開される中でもあたしの目に留まったのが



「あ、向井“リ“が出てるやつだ」



向井リ、ではなく向井オ〇ムなのは分かっているが何故かこう呼んでしまう。まあ、それはいいとして。俳優やなんぞやなんかにあまり興味のないあたしが唯一好きな俳優、向井オ〇ム。その彼が出ている純愛のラブストーリーなんて、ちくしょう。見に行くしかねえじゃねえか。



「あまり長くそこにいるなよ?みょうじ」



というレジからの声も総無視。映画は一昨日公開されたばかり。これは見に行くしかないとケータイのスケジュールをチェックしたところで、あたしはふと気付いた

( だ、誰と行こう… )



空いてる人と適当に行くとか、そういうノリが通じなくなってきた年頃。女友達と行くのも微妙だけど彼氏もいない。だからといって、独りで行くなんて自滅行為もしたくないけど、見には行きたい。大画面で向井リのキスシーンとか見たい。

あたしはケータイの連絡帳と雑誌を交互に見ながら無い脳みそをフル回転させて考えた。



「あ」



そして。あたしは思い付いてしまった。絶好の相手を。

あたしは見ていた雑誌を閉じ丁寧にもとの場所に戻すや否やレジにいる柳の元へと小走りした。こいつだこいつだ、こいつしか、いない



「柳よ!青年よ!」

「どうしたんだ?」


あたしはレジ越しにも関わらず詰め寄るかのような勢いで柳の元へ足を進めた。本を読んでいたらしい柳は本を閉じると若干焦ったように身を引いたのを見たあたしは柳の腕をぐい、と引き寄せた



「今週末、暇か?」

「…は?」



あたしの質問に柳は物凄く怪訝そうな目をしやがった。なんだよ、そんなにプライベート明かしたくないのか。

しかし考えてみたら、中学から腐れ縁のようにずっと同じ教室、たまに隣の席だったのにあたしは柳の事をほとんど知らないに等しかった。


「いや、だから、暇か?と」

「…なぜそんな事を聞く」


と、当然の反応。


「あたしとデートしよ、柳」





きらっとにこっと清々しく親指を立てたら、目の前の柳は理解が追い付かない、みたいな顔で止まっていた。それから数秒して、ほんのりと、本当に少しだけ、顔を赤く染めた。


( なんだ、可愛いとこあるじゃん )



「何故お前と、」


顔を少し赤くしたまま言葉を口にする柳がなんだかとっても可愛らしくて。もう少しいじってやりたくなって、引っ張った腕に力を込めぐっと顔を柳に近づけた。

思ったより綺麗な顔してやがる。なんて、少しだけ冷静に考えながら


「いいじゃん、ラブストーリー!」



ね?と、可愛い子ぶって首をかしげてみたら、存外。柳はこういうのに弱いらしい。いつも見る冷静でおとなしくてなにも悟られないみたいな雰囲気の柳ではなく、人間の、柳を見た気がした。


「…わ、かった。分かった」

「ほんと?やたー!!」



そしてオッケー。
あたしは途端上機嫌に柳に近づけていた顔を引こうと手を緩めた。


ら、





ちゅ、なんて。

可愛い音がして。気づいたらあたしの唇の上に柳の唇が乗っかっていたので、あたしはほんのりなんて可愛いレベルじゃなくて、それこそ火山が噴火するんじゃないかという勢いで顔を真っ赤に染めた。



なんだなんだなんだなんだなんだなんだ。どういうことなんだ。思考回路が追い付きません。


そして離れた柳の口許はにっこりと笑みを浮かべていて



「どうせ、向井なんとかが出ているから、だろう?」



と、ひとこと。
あたしは柳のことなにも知らないけど、どうやら柳はあたしの事をよく知っててくれているたいで。


ありがたいけど、少し。ほんのすこしだけ悔しくなった




「今週末、忘れんなよ!柳のばかくそやろう!」




と、なんの可愛げもない台詞を吐きながら誰もいない本屋を後にした



本屋を出ても、あたしの唇から溢れた熱は、下がりそうになかった









終わり


mae tsugi


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