弦一郎は付き合っている彼女とうまくいっている。当たり前に一緒に一緒に帰り手を繋ぎ抱き合い口づけ、あるいはその先まで。その相手はみょうじでは無い。弦一郎はみょうじではなく彼女を選択した。選択したのは、紛れもなく弦一郎である筈なのに弦一郎は昨日、みょうじを待っていた。ひとりで、ずっと待っていたのだ。普通なら何事だと弦一郎につっかかっていけるだろうが生憎その資格は俺には無い。それにみょうじの目は、一瞬も離れる事なく弦一郎を見ていた。だから俺の入る隙など無いと、みょうじと弦一郎をそのままに一人帰宅した。悔しかった、だが、為す術が無かった。

「みょうじ」

「…柳…うん、どした?」

そして今日、中庭で会ったみょうじに昨日までの笑みは無かった。彼女の表情を見て感じることは決して多くなかった。ふたつ、みっつ。耐えられなくなった俺はその場を去りそのまま弦一郎の元へと向かった。いつも通りの昼休み。天気があまり良くないことから真っ先にみょうじの、基、弦一郎の彼女のいる教室へ足を向けると案の定、ふたりは教室の隅で昼食を取っていた。俺が教室の前に立ち、弦一郎と呼ぶ前に弦一郎は彼女をそのままに教室から出てきた。

「みょうじに何を言った。と、言いたいところだがおおよその予想はついている。幼馴染みの態度の変化が気に掛かった、違うか?俺に言えない悩みごとでもしているのか、とでも言ったんじゃないのか」

今にも降りだしそうな雨雲を抱えた空の下、屋上に男同士二人きりで話をするなんて青春か、あるいは別の何かなのか。しかし今の俺達の雰囲気はそのどちらにも似つかわしくないものだった。強いて言うならこの雰囲気が10年後、あの時は幼かったと笑い話にでも出来ればいいと願うくらいで。

「…ああ、お前の言う通りだ」

弦一郎は俺から目を逸らしそう言った。何事にも正直で他人から目を背け話すなど言語道断だと部員に言い付けていた頃の弦一郎は目の前にはいない。ただひたすらに、自分の気持ちに整理がつかずもがいているだけの子供でしかない弦一郎から、昔の頃のような威厳を感じることが出来ず、そして自分の思うままに行動し、またみょうじを傷つけたこの男を殴ってしまいそうになった。背に回した拳にギリギリと力が入り震える。弦一郎は相変わらず、俺に目を合わせようとはしなかった

「俺には好いているおなごがいた。叶わんと諦めていた。それは蓮二、お前も知っていたであろう。ところがあの日、それが叶った。純粋に嬉しかった。だが引き換えに俺はなまえという存在を失ってしまったのだ」

「そんな事、分かっていた筈だ」

「分かるものか、あいつは幼き頃より俺と共に育ち誰よりも一緒に長い時間を過ごした。あるいは両親よりも、ずっとだ」

弦一郎の話す事は、今の醜い感情に染まった俺にとってただの自慢でしかなかった。俺の知らないみょうじを弦一郎は知っている。もし弦一郎がみょうじを選び共に在ったのならば俺は何も言わなかったかもしれない。羨ましいとは思うかもしれないが恨めしいと思うことは無かっただろう。今も尚、彼女を苦しめるこいつを。

「俺が好いているおなごが出来た時、一番になまえに相談を持ち掛けた。あいつは親身になって聞いてくれた。だからもし俺が彼女と結ばれたとて、なまえはいつも通り、俺の元に在ると思っていたのだ。だが、現実は違う。俺は彼女と恋仲になった。初めて彼女と呼べるものが出来た。しかし気付いたら、いつも共に登校していたなまえはおらんのだ。歴史の勉強を教えてくれとテスト期間に泣きついてくるなまえも、たまに一緒に昼食を取ろうとクラスに押し掛けてくるなまえは、いなくなった」

だんだん自分の中にある沸点に何かが近づいてきているのがわかった。あとどのくらい冷静な頭で目の前の奴の話を聞いていられるのか自分でも想像がつかなかった。いや、あるいは既に、沸点を越えたところで話を聞いているがために逆に冷静さを装えるのだろうか。

「だから、昨日なまえに問うたのだ。何があったのかと、何故お前は俺の隣にいないのかと。何か悩んでいる事があれば言え、と言ったのだ。彼女の事であれば気にせずに、と。飯など3人で食えばいいし登校は俺とすればいい。とな」

その言葉で、俺は限界を迎えた。雲行きが更に怪しくなりゴロゴロと音が立ったのと同時にそれまで背に回していた拳を開き弦一郎の制服の襟に思いきり掴み掛かり、体制を崩しそうになった弦一郎をそのままフェンスに押し付けた。いつもの弦一郎ならこんな事を他人にはさせない。それはつまりそれ程彼が弱っている証拠であり弱くなった証拠だ。そして、結局それだけ長い時間を共にしながらみょうじの事をひとつも理解していなかった弦一郎をそのままにしておくことが出来なかった。

俺にフェンスに押し付けられて、弦一郎は初めて俺に目を合わせた

「蓮二、」

「いいか、弦一郎。もう手遅れだ。お前じゃ彼女は救えない。これ以上苦しめることをするなら、もう今後一切みょうじに関わるな。迷惑なんだ、彼女にとっても俺にとってもな」

弦一郎が目を見開くのを気にも止めず、それだけを言い切ると乱暴に彼の襟を離してドアへと足を進めた

「蓮二、何故、そこまで」

去り際に弦一郎が絞り出したような声で俺に聞いた。階段へと続くドアに手を掛けゆっくり立ち止まる。振り返った時弦一郎は弱々しくも、俺を見据えていた

「俺がみょうじを、守ってやりたいんだ」


そうして俺は今度こそ屋上を後にしたその場に立ち尽くした弦一郎が、それでもなまえを離したくない、と発言した事は聞かないフリをして


お前じゃ彼女は救えない
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