みょうじは常日頃から、あまり笑うタイプの人間ではなかった。感情がないとかそういうわけではない。楽しいと思えることがないだけ、のように捉える事が出来る。そんなタイプの人間だ。
俺が穴を埋めてやる、と言ってから数日。彼女と接点がないままいつも通りの日常を過ごしていた。3年生の俺達は大学へ進学する準備もしなくてはいけないと急かされる日々を送るのが常で、特に外部を受験する者にとってこの時期は非常に貴重で大事な時間である。俺はみょうじが付属の大学ではなく外部を受験することを知っている。それが、弦一郎と決別をするためだという事も。
「みょうじはいるか?」
「あ、柳。どした?」
昼休み、弁当を持ってみょうじのクラスを訪れると弁当を抱え教室を出ようとしたみょうじと鉢合わせた。どこかへ行こうとする様子は感じられたが誰か連れがいるようにも見えなかった。彼女と仲の良い人物も見当たらない。
「今日、昼はどうする予定でいるか聞こうと思ってな」
「昼?ああ、友達が二人ともアルバム製作委員で昼休み返上なんだって。だからひとりで食べようかと」
そう言いながらみょうじはちらりと教室に目をやった。教室には隣のクラスからやってきた弦一郎が"彼女"と一緒に昼食の準備をする姿が見受けられて状況が飲み込めた。みょうじは友人が少ないわけではない。どちらかといえば知人が多い方でその割りにはみょうじを嫌っている者がいるという話はあまり聞かない。親友、と呼べる友人が出ていったとしてもクラス内に昼食を共に出来る者など腐るほどいる。それなのにわざわざひとりで教室を出る理由はただひとつ。
弦一郎とその彼女、だろう
「ならば、今日は俺と共に昼食を取らないか?」
自分の手にある弁当をみょうじに見せるように胸の前まで持ち上げると少し驚いたような素振りこそ見せたものの、先日の俺の言葉を思い出したのか、それとも単に気が向いたのか彼女は一度顎を引くと俺を置いて今度こそ教室を出ていった。みょうじを追い掛けるように視線を教室から外す瞬間、弦一郎がこっちを見ていたような気がした
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今日は俺と共に昼食をとらないか?