花の金曜日だーなんて言いながら、飲み会好きな部長がうちの部の社員をいつもよりだいぶ早くあがらせた。いつもは8時近くまでは何があっても帰るな、なんていう部長は実はどんちゃん騒ぎが大好きで、上には研修とかなんとかいいながらノルマに追われている社員達に休息をやるためたまに部の皆と飲み会に行くのだ。つまりとってもいい上司。先輩達もノリが良くてあたしは本当に、職場選びに成功したと思う。

いつもなら喜んでいきます、なんていうあたしだったが、今日はなんとなく乗り気になれず心配されながらも先に退社した。時刻は5時半、いつもなら有り得ない時間に退社をしたあたしが駅を出ると、少し先に見覚えのあるシルエットを確認した

「真田くーん!」

「なまえさん」

声を上げるとゆっくり振り向いたのはやはり真田くんで、小走りで彼の元へ近づくと少し意外だとでも言いたげな顔をされた。確かにこの時間にあたしが帰宅するのは彼がうちへ来てから初めてかもしれない。もう帰りか訪ねてみると彼は言葉を発さずに顎を引いた

「あたしも今日は終わり!」

「随分と、早いのだな」

「今日は上司の気紛れでさ。皆飲みに行ったんだけどあたしは遠慮したんだよね。真田くんは?」

「俺も今日は終わりだ。本来この後友人との約束があったのだが都合がつかぬと連絡が入ったのでな」

そんな事を言いながら少し歩くのが遅めのあたしに歩幅を合わせてくれる真田くんは本当に優しいな、と感心する。彼の言う通りならば彼もあたしもこの後は用事もない。なんて事を考えている内にどんどんどんどん歩幅が縮み、あっと思い付いた時にはあたしの足は止まっていた。思わず感嘆の声を漏らした時ゆっくりと真田くんが振り返ったので丁度いいと、あたしは左手を頭より高く振り上げまるで小学生が授業中に挙手するようにはい、と声をあげた

「じゃあ今から、あたしと飲みに行かない?」



「「乾杯ー」」

真田くんの返事も聞かない内に連れてきたのは家の近くにある行きつけの居酒屋。小洒落たバーや飲み放題なんかがある若い人向けのお店なんて好まないあたしは常に居酒屋。カウンターに通されいつもみたいに店長さんに挨拶をすると彼氏か?なんて面白いことを言われた。確かに彼が彼氏ならどんなに幸せだろうかと首を横に振った後早々に頼んだ生ジョッキをぶつけあった。キンッとガラス同士のぶつかる音はやはり日頃の疲れを癒してくれる。ぷはっとグラスから口を離し口許に残る泡を豪快に拭うとあたしより静かにジョッキから手を離した真田くんが呆れたように笑みを浮かべていた

「会社の飲み会には行かないと言ったのであろう?いいのか?」

「いいのいいの、どうせ会社のは定期的に開かれるし。今日は真田くんと飲むんだよ!ほら、仲良くなるには杯を〜なんて言うじゃない?」

誤魔化すように自分のジョッキを無理矢理彼のジョッキにぶつけ乾杯、と残っていたビールを飲みきると店長さんがカウンターの向こう側ではははっと豪快に笑うのが聞こえたので再び生を2つ注文した。あたしの言葉を聞いた真田くんは慌てて近くにあったジョッキを手に取り新しいジョッキが来ると同時に飲み干していた。少し恨めしいような目をされはしたが、酔わない事には話せない話もある。次は芋焼酎でも頼もうかと考えながらジョッキに口を付けると、真田くんに夕飯は、と聞かれたので慌ててメニュー表を確認した

それから暫く互いの近況について語り合った。あたしは相変わらず上司に叱られたり会議で失敗したりと溜め息の出る話ばかりであったが真田くんはそうでもないらしい。先週公開された中間テストの結果は上々、テニスについても今度大きな大会に出場が決まっていて練習に明け暮れているとか。充実した大学生活を送れているのなら何より。夕飯代わりに頼んだいくつかの料理に手をつけながら休むことなく酒を口にしたあたし達はいつの間にか丁度良く酔いが回っていた

「俺は、先週就職を希望していた会社に落ちた」

いつもより量多くアルコールを接種したのかそれとも慣れない相手と酒を飲んでいるからなのか、アルコールに侵食され耳や喉を含めた顔全体をほんのり赤く染めながらグラスを片手に視線を落としつつ真田くんがぽつりと、まるで独り言のように言葉を漏らした。いつかは話題になるだろうと踏んでいた話題が上り、元々酒豪とまではいかないが未だ気分がいいくらいで頭が通常通り働くあたしは自分がその通知を見たとは口にも出せずただ持っていたグラスをカウンターに置きそのまま目線を彼に向けた

「魅力的な会社だった。俺が将来創っていきたいものをその会社では研究し開発し、世に送り出す会社だ。だから沢山準備だってしてきた。これが、最終面接だったのだ。しかし、」

その後を彼が続ける事はなかった。周りの酔っぱらい達は楽しそうに宴会を繰り広げているのに突然あたしたちの周りだけ音ひとつ聞こえないような錯覚をするくらいの沈黙が走った

あたしが言葉ひとつ上げることは無かったが、真田くんは暫く話し続けた。こんなに話す彼は見たことも無かったし、それだけ心に負担を与えた事実なんだと痛感した。彼はいつも誰にでも厳しい。それはきっと自分にだって同じことで、ただ表に出さなかったのだと思う。考えてみればそれは誰だって酷くショックな出来事であり彼だけショックなんて受けない、というのは偏見だ。

「最大の不覚はこれから先、就職活動を続けていく事に少なからず、抵抗を持ってしまったという事だ。不甲斐ない、これしきの事で狼狽えてはいけない事は承知している。だが、どうしようもないのだ。俺は、どうしたらいい」

彼は数分間話し続け、今初めて疑問を口にしあたしにぶつけてきた

「出来ないときは、しなきゃいいんだよ」

そしてあたしの口から出てきた言葉はその間考えていた言葉とは全く違うものだった。真田くんの顔が強ばるのが分かる。しかしよく考えれば、あたしだってそうだった。

「あたしだって何社も落ちた。現実なんて甘くないし、面接だって一回顔合わせしたくらいで受かる会社なんて今時あるかどうかも分からない。普通は二次、三次、四次…あたしの第一志望だった会社は最終が四次面接だった。それまでグループ討論、企画、集団面接、考えていた一対一の面接じゃないものばかりと闘って、勝ち進んできた。だけど最終面接、あたしは何も答えられなかったんだ」

「なに、も…?」

あたしの行きたかった会社は本来企業ではなく非政府組織。その本部の入社試験の最終面接は白い部屋にひとり立たされ、これまで一緒にグループを組んできたひとの内ひとりを落選させる事が出来るのだが、誰を選ぶかという質問だった。皮肉な事にあたしより先に面接をしたひとが選んだ受験者は、最終面接を受ける前にイエローカードを渡されていた。二枚でレッドカード。本当にそれで落選を告げられているひともいた。

だからあたしが自分の番になった時、答えられなかった。

管理能力管轄能力が問われている、責任能力や統率、リーダーシップが求められている事は直ぐに理解できた。それなのにあたしは、一言も発することが出来ずにその場で落選を言い渡された

「そんな、事が」

彼は言葉を失っていた。きっと彼も先程のあたしと全く同じ。どう反応していいのか分からないと顔に書いてあるようだった。

「だけどさ、今通ってる会社受けた時も同じような事聞かれたんだよね。で、あたしはやっぱり答えられなかった。代わりにその時は誰もやめない方法を見つけるって答えた。そしたら、面接官がね、そんな一人一人の事を親身になって考えられる人材が必要なんだって、あたしを採用してくれたんだ。同じ質問で、同じ結果を出したのに今の会社はあたしを取ってくれたんだ。だからね、会社毎に求めている人材は違うってこと。真田くんは今回ダメだったけど、その会社は真田くんには合ってなかったってことだと思う。」

しかし、と真田くんは続けた。未だに不安げな表情を浮かべている。当然の事だ。でも、彼にそんな顔をしてほしくてこんな話をしているわけじゃあないんだ。

「あるよ」

「え?」

「真田くんがしたいこと、考えてくれる事、受け入れてくれる会社は絶対にあるから。それが今回受けた会社じゃなかっただけ。まだ3年生なんだし、時間もある。探せばいいんだよ、真田くんしか出来ない事を求めてる会社。真田くんを、探してる会社を見つければいいんだから。ね?」

あたしの言葉には説得力なんか無いけど、それでも彼の力に繋がればいいと思った。話している内に段々酔いが回り始めて、話し終わる頃には無意味に笑ったりなんかしてしまったけれど、真田くんは真剣な顔をしながら、あたしの顔をじいと見つめていた。

「あるだろうか」

「あるよ、あたしが言うんだから、ある」

どこから湧いてくるのか、あましが自信たっぷりに答えると真田くんは力が抜けたように一息吐き、グラスに残っていた焼酎を飲み干した。

「ありがとう」

グラスを勢いよくカウンターに置いた彼はドンッという音と共に呟いた。

「どういたしまして、悲しんでる真田くんなんて、見たくないからね。あたしは、真っ直ぐ突き進んでる、真田くんが好きだよ」


そんな告白じみた言葉を吐きながら、あたしも残りの焼酎を一気に喉に流し込んだ



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