金曜日の夜、11時前に玄関を開けたらいつもは真っ暗な筈の我が家に光が点っていた

「あれ?」

普通10時を過ぎれば明かりひとつなく暗闇に包まれている筈の室内は、まるでまだひとがそこで活動しているかのようだった。何があったのかとゆっくりゆっくり足を進める、しかしリビングに辿り着いたところで真田くんの姿を確認することは出来なかった。おかしい。彼が電気も消さずに寝る筈がない。ソファに腰を下ろし辺りを一通り見回した時、風呂場からザーッと水の流れる音がした。それがシャワーの音だと理解するのに、あまり時間は掛からなかった。

「今日は珍しいな…」

とりあえず部屋の電気がついていた原因を解明したあたしは自室に戻り窮屈なスーツからTシャツとスウェットというラフな格好に着替え再びリビングへと足を向けた。彼は未だに入浴しているのか風呂場のドアが開くことは無い。明日が土曜日で会社が休みということもあり一週間分の疲れを出しきるようにずるずるとソファの背もたれに倒れこんだ。まだ小腹が空いている、というわけでもなかったあたしは彼が作ってくれた夕飯をそのままにぼーっと部屋を見渡した。きっと真田くんがこまめに片付けをしてくれているのだろう。今まで汚いの一言だった部屋は彼が来て以来一度もごたついた事が無い。

と、ふとキッチンカウンターにある洗われたコップと一緒に封筒が置いてあるのが分かった。彼はここに住所を移動していないから彼宛の手紙が届く筈はない。ならばあたし宛にか、と重い腰を上げ飲み物を取りに行くついでに封筒を手に取った。しかし、それがあたし宛ではない事に直ぐに気付いてしまった。

これは真田くん宛に来た、某企業の落選、通知だ

開けずとも分かるのがこの企業の面白く残酷な仕組み。昔同じ大学だった友人がこの企業に受かった時封筒を開ける前から喜んでいるのを不思議に思い聞いた事がある。つまり、真田くんはこの会社に落ちた、ということだ。途端あたしは何故か逃げたくなった。どう接すればいいのだろうか。とりあえず封筒を元の位置に戻し冷蔵庫から適当に飲み物を取り出しコップに注いでソファに戻った。

どうしようか、と考えていた時、その答えが見つかる前に風呂場のドアが開いた

「帰ってきていたのか、なまえさん」

「うん、ただいま真田くん」

真田くんはいつも寝巻き?みたいな軽い浴衣ちっくなものを着て寝ているらしい。それを目にするのは初めてだったが存外、とても似合っている。和風男児。というか和そのものって感じだ。しっかり着れている事から彼の家柄が良いという事も安易に想像できた。彼はその後特に口を開かないままゆっくりとキッチンに置いてあった封筒を手に取り一度自室に戻ってから、手ぶらでリビングに姿を現しあたしの隣に腰を下ろした。ソファは充分な広さなのに、とても狭く感じた

「今日も、遅かったな」

「うん?まあね。でも金曜日にしちゃ上出来。2時回る事だってあるし、皆で飲みに行くとかなったら100%朝帰り」

「やはり大変なのだな、社会人と言うものは」

「んーでも、結構企業とかってそんなもんだと思うよ?」

しまった。会社の話題なんて出すんじゃ無かった。彼が黙ってしまったのであたしは眉にシワを寄せながら何か違う話題をと部屋中に視線をやった。しかし焦れば焦る程話題は頭に浮かびきることなく消えていく。そうして苦し紛れにつけたテレビを見て、これだ。と言わんばかりにテレビに映っているコマーシャルを指差した

「これ行きたい!」

「な、なんだ?」

「新しくオープンしたアウトレット!セールが日曜までなの!」

「そう、なのか」

いまいち乗り気ではない真田くんではあったがあたしが指差したコマーシャルに目をやり何事なのかは確認してくれたようだ。アウトレットなんて行く予定は無かったがちょうど季節の変わり目だし欲しい服もある。それに彼が何かをして気が紛れるなら絶好じゃないか。あたしはセールの宣伝にしては長めのコマーシャルが終わったと同時に真田くんに目をやった

「真田くん!明日暇?」

「どうした、突然」

「一緒に行こうよ!このアウトレット!」

その言葉を聞いた真田くんは、言葉を詰まらせた。当然の事といえば確かにそうかもしれないが、彼はうつ向き唸るように考えだした。もしかしたら明日何か用事があるのだろうか。確かに突然明日一日時間を割いてくれだなんて我が儘な話だ。彼を元気付けるために、なんて自分から言い出したもののとても申し訳なくなったあたしは首を振った

「やっぱ大丈夫!明日とか用事あるでしょ?また今度暇な時に遊びに行こ!」

なんて、笑ってみる。失敗だな、と後悔。彼のようなタイプの後輩には会ったことがない。だからどのように対処すれば良いのかどんな風に励ませば良いのかまるで分からない。それどころか逆に失望を煽りかねない。どうしたものかと首を捻らせていると突然、ガタッと音がして振り向くと目の前のテーブルに脛をぶつけたのか左足を庇うように真田くんが立っていた

「分かった」

「え?」

「俺も一緒に、アウトレットとやらに、行こう」



そうやってあたしを見下ろす真田くんはあたしなんかよりずっとずっと大人の風格というのだろうか、そんなものがあって、しかもあたしと一緒に行ってくれるだなんて。思わずどきりとしてしまった自分の心臓辺りをぎゅっと掴みながらじゃあ明日ね、と笑顔を向けるのが精一杯だった


つづく


入社試験に落ちたらしい
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