「ただいまー」

誰もいない部屋に響くあたしの囁くような声。時刻は11時。今まで何時に帰ってこようが返事が返ってこないのは当たり前だったのだが最近、ひとつの変化があった。言わずもがな最近ルームメイトになった真田という2つ下の大学生の事である。彼はどうやら早ければ9時、遅くとも11時までには完全就寝をするらしく朝も4時には起床、6時には出掛けてしまうので土日以外で彼の姿を見ることは殆ど無かった。一見会わないのでは変化など無い、と思うかもしれないがその変化はリビングにいけば分かる事。

「ほんと、律儀だよなー真田くんは」

スリッパに履き替え電気をつけてリビングまでくたくたになった体を引きずるように歩くと、テーブルの上に準備されたあたしの、夕飯。これが今までとの違い、変化である。和食が好きなのか毎回献立は和食であるが彼は帰りの遅いあたしのために二人分の夕飯を準備していてくれる。しかも美味しい。あたしは今日の夕飯が何かと会社での疲れを忘れ部屋にすっ飛び着替えを済ませて再びリビングに戻り、冷蔵庫からビールを取り出してソファに腰掛けた。

「どれどれ」

今日のメニューは肉じゃが。まだほんのり温かい器は、真田くんが寝る直前に温め直してくれた証拠である。あたしは無言で箸を取り一人食事を始めた。

真田くんが毎日作ってくれる夕飯は毎日とても楽しみで最近特に楽しみのひとつもなくただひたすらに仕事をしていたあたしにとってそれは生き甲斐とまではいかないが仕事を頑張れる糧になっている。そしてもうひとつ、彼はあたしの夕飯を準備する時決まってすることがあった。それは夕飯よりもあるいは、あたしが楽しみにしているものなのかもしれない。

「今日はーっと」

皿の横に置かれた青のメモ。箸を持った利き手とは逆の手でそれを取り時の見える位置まで持ち上げるとそこには男性とは思えないくらい綺麗な字で綴られた彼の一日があった。

―――――――

##月**日
今日の献立は肉じゃがにしてみたのだが、味はどうだろうか。しょっぱくなりすぎていないか心配です。今日は大学の帰りに幸村とテニスをしてきました。幸村は相変わらず強い。しかし何れは、俺が越えて見せる。なまえさんは、何かスポーツをしていたのだろうか。

―――――――

一生懸命敬語を遣わないように努力した跡が残るそのメモを見ながら残り少なくなった肉じゃがを口に放り込む。消ゴムで何度も消された跡を見ると思わず笑えてくるものだから、なんとなく真田くんには申し訳ないのだけれど。こうして毎日、彼がくれる小さなメモを眺めながら夕食をとるのがここ最近一番のリラックスタイムである。メモを置き空になった皿と空き缶を手に立ち上がり流し台に立ったあたしが考える事はいつも3つ。ひとつめは朝ご飯。彼が夕食を作ってくれているのだからと、あたしは彼が食べる朝ごはんの仕込みをしてから寝るようになった。彼が朝、温めるだけで大丈夫なように。ふたつめは会社の事。朝ごはんのメニューが決まったらそれを作りながら今日の反省をするのが昔からの日課。上司に言われたことを思い出したり明日の予定をシュミレーションしたりと考える事は結構あるのだ。そしてそれが終わった後、最後に考える事が、彼のメモへの返事。

「肉じゃがは美味しかったよ!ってのと、幸村は顔に似合わず恐ろしいプレーだよねってのと、スポーツ、スポーツ…高校の時はハンドボールやってたから、それを書こうかな…」

ぶつぶつと呟きながら洗い物を終え、一旦入浴を済ませてから髪を乾かさないままソファに座って自室にストックしてある緑色のメモ帳に返事を書き、冷蔵庫に貼ってからあたしは部屋に戻った。


「真田くんも、幸村と同じようにテニスしてたんだ。いつか、見てみたいな」

なんて事を思いながら就寝する。これが、最近のあたしの日常。他愛もないことかもしれないけれど、そんな毎日が結構気に入ってたりもするから笑えるんだな、これが。







つづく

キャラが出てこない…


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