「すいません、本当に、宜しいんですか?」
「うん。大丈夫よ、あるものは好きに使って良いし何時に帰ってきてもいいから」
とりあえず運び終えた荷物を見ながら淡々と家の事情について説明する。と言っても彼の荷物は少ないし家にこれといったルールがあるわけでもなかったので話はすんなりとまとまってしまった。真田くんは見た目通りとても真面目な人で礼儀正しい。玄関から上がってくる時だってこれから自分の住む場所になるこのアパートの一室に対しお邪魔します、と述べていた。そんな彼に一体何を注意しようか。彼の部屋あたしの部屋、リビングにキッチン、トイレに風呂場と順序適当に位置を説明し簡単な使い方の説明を終えるといよいよ、することが無くなってしまったのであたしたちは二人、3人掛けのソファに腰を下ろした。友人と住んでいた時に大きめのソファを購入して良かったと、この時改めて感じたのは言うまでもない。
「あの、質問が」
「ん?」
冷蔵庫から作り置きしていた麦茶を取り出しグラスに注いで彼の前のテーブルに置く。本当はビールでも出そうかとも考えたがいかんせんまだ時間が時間だ。午後4時過ぎからアルコールを摂取する気にはなれずあたしはグラス一杯に注いだ麦茶を飲み干したところでそれまで自ら発言する事の無かった真田くんが口を開いたので彼に視線を向けた
「食品を含めた消耗品の買い物等は、どうすればいいですか?」
律儀な彼らしい、そんな質問。その質問にあたしは思わず笑ってしまいそうになった。否、笑ってしまった。
「ああ、それは心配しないで。あたしが無くなった頃に買ってくるから」
「しかし…」
「何言ってんの、学生は学生らしく勉強と遊ぶための小遣い稼ぎしてなさい!ってね。あたし一応社会人なんだしさ、心配しなくていいよ?」
「あ、りがとう御座います」
2つしか年に変わりはないが彼はまだ学生であたしは社会人。消耗品を買う度いちいちお金を1円単位で割り勘する程給料の安い会社に就職した覚えはないし第一学生にそこまで請求するようなめざとい性格では無い。家賃を半分出して貰えるというだけで涙もの。消耗品の分のお金を稼ぐと言うのならその分勉学や就職活動に励んでいい会社にでも就職して欲しいというのが素直な思い。生活費稼ぐためにーなんて理由でそういうのを疎かにするのはよくない。
それに彼が、一体どれだけの間ここにいるのかも、分からないから。もしかしたら来週出ていくかもしれないし一ヶ月後かもしれないし半年かもしれないし一年後かもしれない。だから尚更、そういうわけにはいかない。あたしは飲み終えたグラスに再び麦茶を注ぐべくソファから重い腰をあげキッチンに向かった。
「あの、」
「ん?」
「食事等は」
またもや聞こえてきた彼の声。今度は次いだ麦茶を直ぐに飲み干したりせずコップを片手にソファまで戻った。真田くんは未だ緊張しているのか居心地が悪いのか麦茶に口をつけた様子は無かった。
「ごはん?ああ、それならキッチンを勝手に使っていいよ」
「いえ、その。時間を合わせて一緒に食べたりはしますか?もしそうなら、その時間には、帰ってくるので」
考えもしなかったその問いにあたしは少しばかり間を置いてしまった。口を開かないあたしを心配したのか真田くんがすいませんと謝る声が聞こえたがあたしは別に怒っているわけじゃあない。どこまでも律儀でしっかりしている真田くんの顔を見てあたしは思わず笑みを浮かべた
「あたし、会社で色々あって帰ってくる時間バラバラなんだよね」
「ならば…」
仕方がない、と言いたげな彼の顔。随分大人びた、というかそんな顔をしている彼が見せたどこか寂しげな顔はあたしにとって衝撃だった。そういうことに気を置く人間では無いと思っていたし第一、知り合ったばかりのただの同居人と食事なんてしたがらないタイプだと思っていたから。
「じゃあ、あたしと真田くんが帰る時間が被ったら一緒に食べよう?あと、あたし土日は会社休みだからその時真田くんが暇なら」
「しかし、迷惑ならば…」
「いいよいいよ、あたしも最近ずっとひとりでご飯食べてたから寂しかったし!それに一緒にいたら真田くんの事もっと知れるでしょ?」
「はあ…」
申し訳なさそうに項垂れる真田くんの肩をぽん、と叩き彼がまだ口をつけていない麦茶の入ったコップを渡すと彼は一礼してそれを受け取り一気に飲み干した。喉が渇いていたのだろうか。緊張していたのならば当然だとも思ったが、そんな態度を見せる彼は、年下だからなのかとても可愛らしく見えた。
「あ、それと、敬語、やめてくれる?幸村と話してた時もそうなんだけど敬語あんまり好きじゃなくてさ。会社の延長みたいでどうも、ね」
「あ、いや、しかし」
「慣れたら、でいいからさ!ね?真田くん」
努力します、なんてうつ向きながら話す彼を背にあたしは今度こそ空になったふたつのグラスを流し台に置いた
つづく
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律儀な同居人