嫌な季節がやってきました



「あああああああ」

「ど、どうしたのよあんた」

「あっちゅわああああん」


朝一番、今日ものんびり登校してきた愛しのあっちゃんに抱きつくところからあたしの一日は始まる。いつもこうして抱きついて癒されて、日々の疲れもとれる、のだが。今日ばかりはそうもいかない。否、今日からしばらくはそうもいかない。が正答である。何があったかって?どうしたのかって?そりゃあ勿論学生諸君なら分かるが当然


「来週から期末なのに1秒も教科書開かないでゲームしてたあああああ」


来週からうちも、テストです。



皆忘れているとは思うけど外部入学のあたしはこの学校のテストレベルを知らない。そこそこ悪くはないってのは知っているけれど、受けるのは今回が初めて。しかも中学は部活ばっかりで他の事を気にも掛けなかったあたしが今回テスト勉強とやらをするはずもなく。完璧に終わった。いや終わったとわかっている上で騒ぐのだ、人間は。というわけであたしも同じように朝から騒いでいるのだけれども。

「やらないあんたが悪い」

あっさり切り捨てられたー!親友あっちゃんしっかりばっちりくっきりはっきり切り捨ててきたー!あたしのノート見せて光線(という名の哀願)虚しくあっちゃんは席へと行ってしまった。どうしよう、非常にどうしよう。これはまずい。あたしは席に座り直しうううんと唸りながら考えてみた。部活の子たちに聞いてもいいのだけれど生憎クラスに部員はいないしあえて他のクラスの子に頼むのも申し訳ない。第一今はテスト週間という奴のせいで部活がない。

そして更にうううううん、と唸り続けるあたしはふと、あることを思い付いた。

言わずもがな、隣の席を見て。

「ヤナギサワ先輩!」

「俺は聖ルドルフのアヒル口ではない。」

「聖…ルド…?いやそんなの知らないんだけどねやなちん(神)」

「お前が何か頼みがある時に限っていつも語尾に神を隠していることは分かっている」

「あらやだ!」

なんでもお見通しなのね!と思ってもいない事をハイトーンで口にすると物凄い拒絶感を含んだ顔をされた。余談だが最近やなちんがあたしに対する扱いが人間以下になっている気がしてならない。しかしここはぐっと堪えて彼のノートを拝借せねばならないのだ。あたしがふふふふーと適当な笑みを浮かべながら彼の机の上に乗っていたノートにこっそり手を伸ばすとバチンという叩音と共に憚られてしまったので、いよいよ成す術を失ってしまった。ようするに自爆なんだけど

「お願いやなちん!!あたし君がいないとシヌ!シヌンダヨ!こんなイタイケな少女を見殺しにするのかい?!」

「…お前はノートを書き写して勉強した気になるのか?それでは良い点数は取れない」

挙げ句そんな手厳しいひとこと。それを分かってはいるんだけれど、やらないよりはマシだろ?そうだろ?そうだとも!復習もろくにやっていないあたしが今更出来ることなんてこのくらいだと飛び掛かるようにやなちんの机にあるノートに手を伸ばす。今回はいける!

しかしそんな淡い期待は虚しくも再び彼の大きな手によって散ってしまった。おお神よ、ついにあなたもわたしを見放すのですね…!


「ならば今日から俺と共に勉強するか?要点は教えてやるから自分でやってみろ」


「…わお!ファンタスティックでドラマチックな展開!」



どうやらまだ神は私を加護してくれるらしい。








「…だから単為生殖と有性生殖に別れるのだが…」

「ツクモガミ?」

「それは日本に伝わる万物の神だ。ミカヅキモは確かに単為生殖だぞみょうじ」

「おおお」

「関心するな、お前も知らなければいけない知識なんだぞ?」

「あれま!」

あたしってば本当に頭が悪い。らしい。放課後予告通り図書室に連行されたあたしはあっちゃんに裏切られやなちんとふたり隣に並んで理科の教科書とにらめっこしていた。若干お姉さま達の視線が痛い。いやでも自分の成績には代えられない!と意気込んで勉強を始めたものの、どうやらあたしは理科についての知識が皆無らしい。いや正確には理数と古典が無理。漢文はいけても古典は無理。意味がわからないんだもの!あたしが開き直ったような態度を取るとやなちんは珍しく頭を抱えて項垂れた。どうやって外部受験受かった?とか独り言をいってる。そういや先程から思っていたことなんだが、やなちんは激しく教え方が上手い。見るからに頭は良さそうなんだけれど、やはり成績も見た目に伴っているのだろうか。

「ねーねーやなちん」

「なんだ」

「やなちんてばやっぱ成績もやばい感じ?」

「お前、国語力無いだろう」

「いやいや」

やっと垂れていた頭を起こしたやなちんだったがあたしの発言にまた唸りだした。なんか、可愛いなあやなちん。なんて他人事みたいにぼーっと目の前でうんうん唸っているやなちんを見ていると、ふと背後に気配を感じた


「柳くんはずっと学年トップだったんですよ」

「およ?」

振り返ると眼鏡を掛けたスラリさん(要するに細身で長身)が立っていた。誰だろう、新キャラ?やなちんの知り合いってことは、テニス部かやなちんのファンだよね?

「やなちん、このひとやなちんのファン?」

やなちんの反応が気になって後者を選択したらこの世の終わりみたいな顔をしたやなちんがあたしを見た。やなちんこんなキャラだったっけ?まあいいか。あたしは再びやなちんから視線を逸らし立っているスラリ眼鏡さんの方を見ると、スラリ眼鏡さんは小さく笑みを浮かべた。

「初めまして、ファンではなく彼とは一緒のテニス部に所属している柳生比呂士と申します。後ろから突然失礼致しました。柳くんが女性と一緒に勉強をしているものですからつい気になってしまいまして」

「あ、いえいえそんな。こちらにどうぞ」

なんて言いながら自分の横の空いていた椅子を引いてしまった。靴の色を見る限り同じ学年なのだろうけど、敬語?しかも相当丁寧な敬語?失礼します、と言いながらあたしの横に腰掛ける柳生と名乗るそのひとをじい、と見やるとまた小さく笑みを浮かべられた。おお、敬語男子の笑みは素敵だなあしかも眼鏡だし。

「柳生、珍しいな図書室で勉強だとは」

「いえ、自習室に行こうと思っていたのですが窓から柳くんが見えたもので寄ってみたんです。こちらは?」

「ああ、同じクラスのみょうじだ。外部入学の奴でな」

「ああ、通りで。」

すっかりあたしを無視して話し出すふたり。なんか、若干雰囲気が似ているような気もするのだけれど、なんというか柳生くんからは紳士的なオーラを感じる。こういうひとは女性を無下にしないんだよなあ。幸村大先輩とかおっさんとかと違って。

「宜しくお願いしますね、みょうじさん」

「あ、はいこちらこそ。みょうじなまえです。宜しくお願いします」

「みょうじがまともな態度を取っているとは珍しい」

「やなちんあたしの事なんだと思っているんだい?」

あたしも負けじとやなちんに白目を送ったらやなちんが大きくため息をついたので勝った。なんて心の中で喜んでみる。なんだかんだやなちんにも勝てないあたしはこんな小さな事でも嬉しいんだ。そんなあたしの心境がやはり顔に出てしまったのだろうか、柳生くんがくすりと笑った

「柳くんは、彼女のデータを取るのが大変そうですね」

「ああ。お陰さまでな。単純なんだが変なところが複雑なんだ」

失礼な。ああ、そういえばやなちんデータ収集っていう人間の底辺みたいな趣味があるんだっけ。しかもあたしのデータまで。テニス部はキャラ濃いな、なんて思っていたらまた柳生くんに笑われた。なんだろう、なんか。彼あたしの事見て楽しんでるよね。まあいいけどとりあえず勉強なんてする気もなくなってしまったあたしが教科書を閉じようとするとそれを見計らった柳生くんがじゃあ私は、と立ち上がった。なんてバットタイミング!バットマンもびっくり!

「勉強頑張ってくださいね」

「狙ったんですよね?そうなんですよね?」

「放棄しようとするお前が悪い。あ、それと柳生」

あたしの言葉にただ小さく笑みを浮かべて去ろうとする彼の背中を追い掛けるようにやなちんが口を開いた。そして少し振り返った柳生くんにやなちんはこいつは茜の親友だ、と告げた。あっちゃん?なんでここであっちゃんが出てくる?すると柳生くんはああ、そうだったのですか。と何やら曰くありげに頷いた後今度こそあたしに頭を下げ図書室を出ていった。残されたあたしは隣に座り直したやなちんをじいと見るとなんだ、と言われた


「あたしがあっちゃんの親友だと都合悪いわけ?」

「いや、そういうわけじゃない。」

「なら?あたしあっちゃんを傷つける人がいたら絶対に許さない。それはテニス部でも、例え美しいお姉さんでも」

「いや、むしろその逆だ」

「逆?」

「お前が茜の友人で良かった。お前なら或いは、」


そこでやなちんは言葉を切った。なんとまあ歯切れの悪い。しかも気になる。それこそ勉強どころじゃないよ!と声を上げたら司書の先生にうるさいよーと注意されてしまったので小声で再びなんなんだ!と抗議する。やなちんはううん、と本日何度目かの唸り声をあげた後珍しくにっこりと笑みを浮かべた

「今は、お前なら救えるかもしれない。とだけ言っておこう」

「なに?あっちゃんを?」

「それはどうだろうな」

「なにさやなちん!」

「そうだみょうじ、テストに赤点が無かったら俺がこの辺で上手いと評判のケーキバイキングに連れていってやろう」

「ほんと?!」

「ああ」

「あいしてるー!!あっちゃんの次に!」

「ゲンキンだなお前は本当に」



なんだか話を変えられた気がしたけれど、それはケーキ食べてるときに聞けばいいや。とりあえず今はケーキのために勉強をしよう!あたしはやる気を取り戻し閉じ掛けた教科書にまた向かった


ラッセルの予知夢
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テーマ「人外ファンタジー」
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